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#07-放置プレーと不意の来客

 朝の8時頃、ドアのノックの音で我に返る。
 夕べはかなり疲れきっていたはずなのに眠気は逆に遠ざかっていたままので、実質の睡眠時間は2~3程度だ。恐らくこれが時差ボケというやつだろうか。
 軽く意識が朦朧としていたので放っておいたら、またノックの音がした。どうやら朝食の準備ができたようだ。

 眠気眼でリビングへ行くと、ジャン・ギャバンを髣髴とさせるおじいさんが黙々と料理を食べていた。初対面だが、この人がこの家の主のようだ。夕べぼくが到着したときは、既に寝ていたのだろう。

ジャン・ギャバンジャン・ギャバン(Jean Gabin)
1904年5月17日生まれのフランス人俳優・歌手。フランス映画を代表する名優で、深みのある演技と渋い出で立ちで人気を博す。結婚と離婚を繰り返したり、マレーネ・ディートリッヒと付き合ったことでも有名。代表作は『望郷』『レ・ミゼラブル』『現金に手を出すな』『シシリアン』『ヘッドライト』『暗黒街の二人』など多数。唇がとても薄い。
1976年11月15日逝去。


 「押忍! これからお世話になります」
 と丁重に挨拶をする。とりあえず日本人として義理を欠いてはいけないし、何と言っても100万ドルの資産を相続するための第一歩として、挨拶は必要だ。

 するとおじいさんは握手をしながら、
 「遠くからよく来たな、ここは君の家のようなものだから気兼ねはするな」
 的な反応を示し、また食事を続けた。基本は無表情だが、何だか懐の深そうな老人だ。

 シリアル、ベーコンエッグ、フルーツ盛り合わせ、搾りたてのオレンジジュース、コーヒーという東海地方のモーニング以上に充実した朝食を摂る。実に贅沢なメニューだ。

 食後に皿やコップをキッチンの流しに置き、また部屋に戻って一息つく。


 “……さて、今日は何をしようか”


 今日は日曜日。学校は翌日から始まるので、まだ行く必要はない。
 近所を散策してもいいが、夕べの記憶や窓から見えた街並みから判断するに、このあたりにはパチンコ屋も漫画喫茶もゲーセンもなさそうだ。まあ、繁華街へ行けばそれなりに時間は潰せるだろうが、ここから繁華街までどのくらいかかるかはわからないし、仮にわかってもタクシーとか路線バスを使って行けるほどの行動力も語学力もまだ持ち合わせていない。

 なので、読書なんかをしながら体を休めるのというのもアリだが、この頃は

 “外国語を外国で勉強にあたり、日本語の書物は妨げになる”

 と本気で思っていたので、文庫本はおろかガイドブックすら持参していない。強いて日本語の読物を挙げるとすれば、辞書・旅行代理店に渡された用紙一式・インスタント味噌汁とか医薬品の成分表・タバコに書いてある健康関連の注意書き・財布に残っている日本の小銭くらいである。時間をつぶすアイテムとしては面白みに欠けるものばかりだ。

 とりあえず近所を適当に散策して、後は部屋でおとなしくノートと辞書でも広げようかと計画していた頃、ドアの向こうからおばあさんがぼくを呼んだ。

 ドアを開けるとおばあさんは、ぼくに家の鍵を一式渡してくれた。門と玄関、そしてこの部屋の鍵である。
 その後もいろいろと説明をしているが、早口でよく分からない。しかし、第六感というか本能で言わんとしてることは理解できた。


 「これから夕食前まで私たちは出かけるから、もし家を出るときは戸締りを忘れずに。あと、昼飯はキッチンに置いてあるから、お腹が空いたら適当に食べなさい」


 ぼくはこの家にホームステイでお世話になっているとはいえ、知り合ってまだ半日も立っていない異国の人間に留守番も頼む事の方が驚きだが、今のぼくの状況ならばむしろ誰もいないほうがいいか。

 その後もしばらく部屋でボーっとしていたのだが、気がつくと家には本当に人のいる気配は消えたので、とりあえず外に出ることにする。

 家のドアを開けると、強烈な日差しが肌を刺激する。さすが太陽の国と言われるだけあって、UVの比率は日本より高い。ただ、湿気があまりないので半袖でちょうどいい。個人的にはかなりいい感じの気候だ。

 朝日に照らされた庭を改めて見てみると、思ったとおりけっこう広く、辺り一面には色鮮やかな花々が色とりどりに咲き乱れている。きっとおばあさんの趣味なのだろう。絵葉書に載せても遜色ないほどに手入れが行き届いているではないか。この穏やかな気候に身をゆだねて、この庭を眺めながらビールなんかをかっくらったら、さぞかし至福な時間が過ごせるだろう。

 門を開けて外に出てみる。

 どうやらこの一角はいわゆる高級住宅街に分類されるエリアのようで、周辺の家は全て「ご近所で有名な豪邸」クラスだ。噴水やプールを設置している家もあるし、どの家の車庫にも自家用車が2台は停めてある。メキシコ自体は先進国の仲間入りはしていないが、やはりお金持ちはお金持ちだ。

 住宅街を抜けると、少し大きめの2車線の道路にぶつかった。その向こう側も住宅街だが、家の大きさや建物の年季が、こっち側とは余りにも違いすぎる。おそらくここが富裕層エリアと貧困層エリアの境目なのだろう。日本だと大きな豪邸のすぐ近くにトキワ荘のようなボロアパートが混在したりするが、どうやらこの国では所得に応じて住む場所はきちんと分けるようだ。メキシコは貧富の差がどこの国よりも激しい格差社会の国と聞いていたが、早くもそんな社会事情を垣間見た気がした。

 さらに探索してみると、人が密集しているエリアを見つけた。

 「久々に東京タワー男が現れたか!?」

 と胸を躍らせて走ってみたが、当然のように東京タワーもタワー男もいるわけがなく、そこは青空市場だった。
 道の両脇には生花・果物・チーズ・文房具・おもちゃ・肉・海賊版のCDなど、数多の露店が並んでいる。威勢の良い声をあげて自社商品をPRする店主もいれば、明らかにやる気がなく雑誌を読みふける店主もいる。

 一通り廻ったらこれ以上の発見は望めそうになかったのと、小腹もすいてきたので一度家に帰ることにした。
 キッチンのテーブルに、作っておいてくれたらしい料理がラップに包まれていた。大きめのスライス肉を焼いたやつと、この国ではメインディッシュに必ず添えられるフリホレスというドス黒い煮豆。それにマカロニサラダが昼食のメニューのようだ。

フリホレス
フリホレス(frijoles)
赤線部分のやつがそれ。煮込んだインゲン豆をペーストして汁気がなくなるまで炒めるらしい。どのメキシコ料理にも大抵添えられているメキシコ料理定番のサイドメニュー。



 リビングのテーブルに籠が置かれていて、ここの主食であるトルティーヤというトウモロコシ原料の薄いパン生地が何枚か入っていた。どうやらここにおかずを乗せて食べるのだろう。

 冷蔵庫のモーター音と外から聞こえる滝の音だけが静かに鳴り響く広い部屋で、一人黙々と食べる。肉やサラダはともかく、フリホレスとやらはぼくの口にまったく合わなかったが、かといって残すのも申し訳ないので、リアルに鼻をつまみながら喉に押し込んだ

 とりあえず空腹は満たされたが、相も変わらずすることはない。
 どうしたもんかと考えたところ、リビングに置かれたテレビが視界に飛び込んだ。テレビを通じて異文化に接するのも悪くなさそうなので、電源を入れて適当にザッピングしてみる。どうやらこの家はケーブルテレビに加入しているようで、チャンネルの選択肢はかなり多そうだ。

 しかし、日本でも週末の昼はろくな番組を放送していないように、この国でもいかにもな昼メロとか昔の映画くらいしか放送していない。ケーブルの専門チャンネルも同様で、アメリカの連ドラやアニメばっかりだ。
 それでも所在なさげにボーっと見ていたのだが、満腹と疲労と静かな環境のせいで猛烈な睡魔が襲ってきたので、部屋に戻って昼寝を決め込むことにした。

 それから数時間後、ドアが開く音で目が覚めた。
 一家が帰って来たのかなと思ったが、外はまだ明るい。戻ってくるにはまだ早すぎる。

 しかしそれ以外の音は断続的に続く。大きな足音や何やらイスを引いたような音までもが端々で聞こえてくる。

 というか、この家の門のカギもこの家のドアもぼくが戻った際にしっかりとカギをかけたはずだし、仮にかけていなかったとしても、両方とも簡易オートロックのような構造なので、カギを持っていない限り外側からは開くはずがない。

 にもかかわらずここまで入ってこれるということは……。


 まさか、どどどどど泥棒?



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ジャンル : 学校・教育

tag : メキシコ留学体験記1 トルティーヤ フリホレス ジャン・ギャバン メキシコ料理

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800ランプ

Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

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