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#25-メキシコの富裕層に会う

(※本項を読む前に、このページを読んでいただけると幸いです)


 さて、これまでに何度かスペイン語学校の近くにある日本語学校に関しても顛末を書いているが、相変わらず学校へ行ったりいかなかったりしている。

 本格的に授業を手伝うこともあれば単純に茶飲み話で終わることもあるのだが、当時のスペイン語学校の日本人女子生徒の一人がやたらと気に入ったようで、事ある毎に「今度はいつあそこに行くの?」とぼくに聞いてくるようになった。
 行きたければ別にぼくを通さずとも、勝手に先制と連絡を取り合って単独で行けば良いのだが、変な感情を無しにしても頼られているということに対して悪い気はしなかったのも事実だし、行ったら行ったで誰かしらのメキシコ人生徒と会うのので語学習得という点でもメリットはあったし、先生も彼女とウマが合って何だか自分の娘のように接していたので、何だかんだで頻繁に行っていたわけだ。


 そしてそんなある日、またお呼ばれすることとなった。
 その時は訳あって自分の生徒を紹介したいとのことで、何だかけっこう重要そうなニュアンスだったので行ってみることにした。


 行ってみると、リビングに一組のカップルがいた。
 男の方はぼくよりやや年上そうで、ヒゲヅラのずんぐりむっくりのちょっと強面な感じの面構えである。
 彼はJorge(ホルヘ)という名前のようだ。

 方や女性の方は、かなりマブイではないか。
 肌の色を見た限りではイタリアかスペイン系で、天然ではないもののソバージュのかかったブロンドヘアを後ろに束ねていた。
 Maria(マリア)と名乗った彼女は、終始笑顔を絶やさない優しそうな雰囲気である。

 まあ、一般的な表現だと美女と野獣という感じではあるが、ぼくには妹をキズモノにしたと言いがかりを付けて落とし前を要求しに来たマフィアの兄のようにも見えた。

 何でも二人はこの日本語学校で長いこと勉強しているだけあって、二人とも日本語はそれなりに話せるようだ。
 

 因みに、これが上述のページで登場したホルヘとの初の出会いである。

 何でも二人はこの日本人学校のクラスメイトで、ここで知り合って付き合うようになったらしく、近い未来に結婚するというではないか。
 で、ぼくがちょうど帰国する頃に二人はハネムーンで日本に行くので、その際にガイドをやってほしいという依頼が本題で、そのための顔合わせだった。

 一見怖そうなホルヘも話してみるとなかなかのナイスガイだったこともあってそれなりに意気投合したため、後日彼の家へディナーへ行くこととなった。
 そういえば、この時点でもけっこうな期間をメキシコで過ごしたし、何だかんだで何人かのメキシコ人たちと交友関係を結ぶことになったが、人の家でディナーをご馳走になるのは初めてである。
 まあ、一回だけベジタリアン一家に誘われて断ったことはあったが。(ベジタリアン一家との顛末はこのページを参照)


 そして当日。
 待ち合わせ場所は、彼の家の近くにあるというショッピングモールだった。

 そこは当時のクエルナバカで唯一の大型モールで、ぼくも何回か暇つぶしに行ったことがある。
 因みに現在は、近くにもっと巨大で近代的なモールができたことで客を取られ、すっかり寂れてしまったという話を聞いている。今もあるかはわからない。

plaza_cuerenavaca.jpg
Cuernavaca(クエルナバカ)にあるショッピングモール。ブティック、ファストフード、フードコート、大型スーパー、銀行等が出店している。ラインナップ的にも立地的にも富裕層向けだが、最近になってここよりも大きくて近代的なモールが近所にできたため、客足は遠のいているとか。



 敷地内にあったマクドナルドで待っていると、二人揃って迎えに来てくれた。
 家はすぐ近くというので徒歩で移動することなったのだが、本当に大通りを越えてすぐの場所だった。

 どうやらこの辺りは有数の富裕層エリアらしく、周囲の家も全てでかい。

 「ここだよ」と指さした家は正に“THE 豪邸”である。
 門から家のドアまで15歩はあるほど庭は広く、すべり台付きのプールも完備されている。
 そして家自体もでかい。先生から彼の家は相当な金持ちとは聞いていたが、本当にスネ夫の家のようである。

mapa_pc.jpg
ホルヘの家の近所のグーグルマップ。周辺の家の多くも敷地が広く、プールや大きな庭を完備している。



 リビングに案内されると、ユセフ・トルコ似のお父さん愛川欽也似でおなじみのお母さんがかなりフレンドリーに出迎えてくれた。息子の結婚で浮かれているというプラスアルファもあるのだろうが、やはりメキシコ人は来客を精一杯もてなすメンタリティを持っているので、なかなか嬉しい限りである。

 少なくとも1つの世帯が住むには大きすぎる家だが、何でもホルヘの兄だか弟だか妹だかの一家も同居しているらしい。しばらくするとその一家もやってきて、一人ひとりから挨拶攻めにあうことに。

 彼ら以外にも親戚は多数いるようで、当時は会わなかったが近隣や別の市にもホルヘの兄弟一家が住んでいるらしい。


 とりあえずディナーまでまだ時間があるというので、ホルヘの甥にあたる小学生くらいの男の子とテレビゲームをやることになった。メキシコでは家庭用ゲーム機は高価なものとされていたが、ホルヘ自身が大のゲーム好きということと絶対的な財力もあって、この家には任天堂・SCE・セガのハードをコンプリートしているのだ。

 で、ウイニング・イレブンだかFIFAシリーズだかは忘れたがサッカーゲームがあったので、「メキシコ代表VS日本代表で対決しよう」ということになったのだが、日本代表のユニフォームの色がサンフレッチェ広島ばりの紫色なのは、恐らくソフトは海賊版だからだろう。
 その後は「007」をモチーフにした一人称視点のシューティングゲームをプレーする甥っ子を見ていたのだが、敵スパイの頭部に弾丸を連続で射撃してはキャッキャ喜ぶ様を見て「こいつはこんなんで大丈夫か?」と心配していたらディナーの時間になった。


 兎にも角にも、総勢10人近い人数でのディナーとなった。

 確かぼくがホームステイをしていた時の家では、ランチはボリュームたっぷりだったが夕食はパンと具だくさんのスープとフルーツというかなり軽いメニューが当たり前だった。
 実際に、ホームステイをしていたスペイン語学校の他のクラスメイトの家でもそんな感じだったらしいので、日本と違ってメキシコでは夕食を控えめにするものかと思っていたのだが、来客をもてなすというイベントを差し引いてもかなり豪勢メニューだったことを覚えている。
 
 そんな中、家族の誰かがチチャロン(Chicharron)をトルティーヤに挟んで食べていたので、ぼくもマネをしてみた。
 チチャロンとは豚の皮をラードで揚げたスナックでメキシコでは定番のおやつでありツマミなのだが、それを見たホルヘ父にはかなり印象深かったのだろう。
 その後も彼の家には何度か訪れたのだが、その度に「チチャロン好きだろ。ばあさん、チチャロン出してやってくれ」とお茶うけに出してくれた。おもてなしとしては大変ありがたいのだが、あの時はただマネをしたというだけで、嫌いじゃないけど決して大好物ではないのが痛し痒しである。



メキシコの定番スナック・チチャロン(chicharron)。上の動画のように露店で揚げたてを売るのも一般的だが、下の画像のような袋詰めの既製品もおなじみ。味は揚げた鶏皮とほぼ同じ。ライムやチリソースをかけて食べるのが一般的。というか、メキシコ人は何にでもチリソースとライムをかける。



 その時は酒は出なかったが、終わってみればこの時も2リットルサイズのコーラとかファンタ3〜4本分が消費された。さすが世界で最もコカコーラを消費する国の人だけのことはある
 日本だと炭酸飲料が世間に浸透したのは戦後ということもあって、個人的には特に戦前生まれの人は好んで飲まないと認識しているが、メキシコでは100年近い歴史があるのでじいさんばあさん連中も嬉々としてコーラをガブガブ飲む様は何となく違和感がある。

 余談だが、先頃メキシコはアメリカを抜いて世界最大の肥満国に認定されたらしい。
 そのためか、2013年の11月頃にカロリーの高いソフトドリンクやジャンクフードに課税する法案が可決されたのだが(※ジャンクフードは8%、ドリンクは1ペソらしい)、少なくともこの顛末は10年以上も前の話なので、時代の変化に関係なくメキシコの食生活はこの10年以上の時を経ても何ら変わっていないということである。



 それにしても、メキシコ人はファミリーの絆をとにかく大事にする国民である。
 たとえ遠くに住んでいようが家族のイベントには必ず全員が顔を合わせるもので、特に身内の誕生日やクリスマスともなれば親類縁者が全員集まって盛大にお祝いするのだ。
 少なくとも「かったるいから今年の正月は実家に帰らない」などど言おうものなら勘当されかねないくらい家族との時間を大切にする。
 こうして大所帯での食事を目の当たりにすると、そういう風習が根強いのは正直羨ましいと思った。


 とにかくぼくとホルヘ一家の顔合わせはうまくいったようで、2人の結婚式にも招待を受けることとなった。
 この招待は大変嬉しかったが、あいにくその日は既に帰国している予定なので参加はできなかった。


 その代わりといってはなんだが、その後東京でぼくらは再会した。
 事前に行きたい場所のリクエストは聞いていなかったのでその場で決めることになったのだが、何でも他の日本人の友人に渡すはずだった土産やいくばくかのお金を紛失したんだか盗まれたらしく、その事情説明をする必要があるというので、彼らの記念すべき新婚旅行で初めて訪れた場所は赤坂のメキシコ大使館になった。

 その後は、なくしたからといって土産を渡さないわけにはいかず、東京で民芸品を買い直さなければならないということになったので、エスニック雑貨店でおなじみのチチカカへ行くことに。わざわざメキシコから東京へやってきたメキシコ人がメキシコ土産を東京で買うというのもかなり本末転倒だが、仕方のないことだ。
 メキシコでなら数百円程度で変える民芸品も、チチカカにかかれば平気で5倍10倍はかかる現実を知って2人は軽く驚いていたが、割とあっけらかんとしていた。何かを悟ったのか、金持ちの余裕なのかはわからない。


 その後は本格的に東京を案内し、その後も何回か落ち合ったのだが、今にして思うと嫁のマリアがかなりワガママというか良くも悪くも自分本位だったということを思い出した。当時はレディファーストが当たり前の環境で育ったから仕方ないと思っていたが、後の顛末を考えるとその片鱗はこの頃から出ていたのだろう。

 まあ、店に入ったっきり何十分も出てこないで待たせるとか、自分の買ったものを無言でぼくにも平気で持たせるとかは百歩譲って仕方ないなと割り切っていたが、ある時はたまたま通りがかりでランジェリーショップを見つけた彼女は何の躊躇もなく入っていったことがあった。

 場所が場所だけにぼくは店の外で待っていたのだが、数分後に彼女はぼくを呼んだので何事かと思い同行すると、「このランジェリーで自分に合うサイズがあるかどうか店員に聞いて」とぼくに通訳をさせようとした時は、

 「片言でもオマエは日本語知ってんだから、そういうことは直接オマエが聞きやがれ!」

 と言いたかった。
 というか、それ以前にランジェリーのデザインの善し悪しはまず旦那と相談するべきだろう


 このページのトップのリンク先で触れているように後に2人は離婚したが、理由が旦那の浮気とか親戚との諍いとかではなく、単純に主婦業や子育てがイヤになったからというのは、彼女のメンタルが若い頃から何ら成長していなかったことと、かなり美人だったがゆえに黙っていても周囲の男どもからチヤホヤされるのが当たり前だった若かりし頃が忘れられなかったからだろう。



 ……その後ホルヘはゲーム好きが興じて富裕層向けのテレビゲームショップを立ち上げたところかなり軌道に乗ったことや、子どもが産まれたりして生活が落ち着いてしまったことで連絡は途絶えたが、後に再会した顛末はこのページのトップのリンク先に書いてあるので興味のある方は是非。







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テーマ : 海外留学
ジャンル : 学校・教育

tag : メキシコ留学体験記2 メキシコの日本語学校 メキシコの富裕層 チチャロン Chicharron Plaza_Cuernavaca チチカカ

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Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

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