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#19-メキシコシティ・トリロジー 2/3

zocalo 

 さて、いろいろあったが何とか今回の目的地であるメキシコシティの中心地・Zocaloに到着。
 思えば何年か前にテレビでこの光景を見たときに、漠然ながら「いつかメキシコに行くことがあったらここに行ってみたいな」と思ったものだが、まさか本当に来てしまうとは我ながら不思議な感覚である。

 そして、週末ということと首都の中心地というだけあってか、行きかう人の数はさながら週末の新宿や渋谷を思わせるほどにぎわっている。家族で散策している者、デートで来ているらしきカップル、カメラで手当たりしだい撮影してる外国人旅行者、無邪気に広場を走り回る子どもたち……。
 そんな人たちをもてなすがごとく、広場のあちらこちらでは大道芸を見せるパフォーマーや民芸品を売る露天商がいたりと、かなりの活気が漂っている。こういう光景を目の当たりにすると、自分が今外国にいることを改めて痛感すると同時に、現在のぼくの居住地であるクエルナバカはさほど大きい町ではないので、いわゆるこのような大都市の喧騒がかなり新鮮に思えてくる。

 一通り周辺を歩いてみたのだが、この辺りの建造物は、どれも中世ヨーロッパ色が強い。といってもヨーロッパに行ったことはないのだが、このあたりはかつてスペインの植民地だった名残だろうか。

 ……などと知ったようなことをのたまいつつも散策していたら、とある路地の歩道で警官の姿が目に入った。よく見てみると、通行人の多くはその警官にチップらしき小銭を与えているではないか。メキシコでは町の治安を守るおまわりさんは実に頼もしい存在なのだろうか。
 
 そんなことを思いながら素通りしようとしたら、 まさにその警官から「おい、そこのおまえ」みたいなトーンで声をかけられた。
 
 「はあ、何でございましょうか」
 「オマエはどこから来たんだ」
 「日本ですが」
 
「ほう、おまえは日本人か」
  
 外国人旅行者にも声をかけるなんて、なんて温かみのあるおまわりさんだろうか。きっとこの人は周囲の住民から「駐在さん」の愛称で親しまれ、行く先々で採れたばかりの白菜や自家製の煮物とかを差し入れられたり、落書きされたお地蔵さんを見ると猛烈に怒って他の業務を差し置いてでも犯人を探し出すような人情味あふれるタイプに違いない。


 「ところで、なぜオマエは俺にチップをよこさないんだ(と言ってるっぽい)


 ……は?
 

 確かにメキシコのサービス業ではチップ制が採用されているので、ウェイターとかホテルのルームメイクとかポーターに払うことは知っているが、警官に払うなんて聞いたことない。


 「ここでは警官にチップを渡す習慣があるんだ。だからよこせ(というようなことを言ってるっぽい)


 いやいや、犯人を捕まえてくれたとかいうなら寸志的な意味で払ってやらなくもないが、今のところ警官の世話になるような被害にあったわけでもないし。ていうか、見た限りだとアンタはただそこに突っ立ってチップをせびってるだけじゃん。


 ……と、そんな文句の一つでも流暢に言ってやりたかったが、いかんせん当時のぼくの語学力ではそこまで言えるはずもなく、かといって無視したら無線とかで他の警官を呼び寄せて身柄を拘束されかねなかったので、しぶしぶ払ってやった。まあ額としては5ペソ(50円程度)ですんだが、まさか警官にカツアゲされるとは。かくも外国とは恐ろしいものである。


 気を取り直して散策を続行したが、何せあてどもなく適当にフラフラ歩いていたので、気がついたらZocaloからはけっこう離れた所まで来てしまったらしい。とりあえず大通り沿いを歩いていたのだが、このあたりにはZocaloほどの活気はなく、人通りもそれなりではあるもののかなりまばらだ。大通りゆえに車の往来はそれなりに激しいものの、反対側の細い路地に停車している廃車寸前のボロ車や、店先で新聞を読んでるペンキ屋らしきおっさんのたたずまいが、何やら独特のいかがわしさと言うかキナ臭さが感じられる。
 
 それでもひたすら歩いてみると、何やら特徴のある建物が目に入った。

革命記念塔
革命記念塔(=Monumento a la Revolución)
法務省の建物になるはずが、メキシコ革命によって趣旨が変わってこれになったらしい。
屋根の部分には当時の革命の英雄や労働者、独立などを表した彫刻が施され、中には指導者の躯がおさめられているという。

 疲労度と距離感から考えると20kmは歩いた気になっていたが、距離をgoogle earthで調べたら、直線で大体2~3kmのところにあるらしい。まあ、これも目当ての一つだったので結果オーライとしよう。


 で、革命記念塔の存在感に圧倒されつつもまた別の場所へ行ってみようと思ったが、そういえばまだ今夜の宿を確保していないことに気づく。さすがにこんな異国の大都会の公園とか路上をねぐらにできるほどぼくの心はタフではないので、とりあえずこのあたりで探すとしよう。

 てなわけで早速、現時点ではOLの午後におけるじゃがりこやデパ地下プリンくらい大切な『地球の歩き方』をペラペラめくると、どうやらこの近辺に格安の日本人宿があることが判明した。
 少なくとも初めての一人お泊りであるぼくからすれば、宿代もリーズナブルでかつ同胞がいっぱいいるであろう環境は何とも嬉しい限り。まあ、正直なところ何しにここまで来てるんだってことにはなるが、背に腹は変えられないとはこのことだ。
 あまりガイドブックを見ながら歩くと地元の悪い人にロックオンされかねないので、一瞬だけ見た地図の記憶を頼りに探してみたら、以外にもすぐ見つかった。
 と言っても、保安の問題でここが日本人宿と周囲に悟られたくないという配慮があるからなのか、外観だけではただの民家というか長年空き家になっているような廃屋しか見えず、これが日本人宿と確信した根拠はドアにある日本の国旗だけなのだが。
 不安が過ぎりつつもインターフォンを押してみたら、色が褪せまくりのTシャツに短パン、無精ひげというカジュアルの究極とも言えるいでたちの日本人がドアを開けてくれた。テンションと髪型からして、明らかにこのチャイムで昼寝を邪魔されたなのだろう。少なくともこの段階で、この人は従業員なのか宿泊客なのかは判別できない。

 とりあえずロビーに案内されて宿泊カードらしき紙に名前とパスポート番号を書いたら、部屋に案内された。宿代はチェックアウトの時でいいらしい。今はわからないが、この当時の内観は外観と目いっぱいリンクしている年季ぶりで、新しさとか清潔感を思わせる物質が何一つ見当たらないので、共用部屋の料金が当時の価格で一泊30ペソくらい(当時のレートで300円くらい)なのは納得だ。

 部屋のドアを開けたら先客らしき日本人男性がベッドで横になっていた。目が合ったのでとりあえず会釈をすると、彼は軽く返してすぐに寝返りを打ち、ほどなくして軽い寝息をたて始めた。ていうか、何でここの奴は寝てばっかなんだよ?

 とりあえず部屋の隅にイスがあったので腰をかけてみる。何か、“ヘタに大きな音を立ててこの人を起こしたら悪い”という居心地の悪い空気を味わいながらこの後の時間の過ごし方を考えていたら、外から大音量の音楽が聞こえてきた。
 基本的にここはメキシコなので通常なら陽気なラテン音楽が妥当なラインだが、聞こえてきたのはちびっ子向けの日本の童謡である。さすがは日本人宿だ。とはいえ、別に童謡なんかちっとも聞きたくないので早く終わるのを願っていたら、即座に似たような曲がかかったので音源は童謡アルバムなのだろう。ということは、最低でもあと10曲は聞く羽目になりそうだ。
 こんな環境でも先客の男性は起きる気配を見せるどころか、むしろ寝息の音量は大きくなり、しまいにはけっこう不快なレベルのいびきを立て始めた。


 ……そしてぼくが思いついたこの後の過ごし方は、

 「大変申し訳ありませんが、今日の宿泊はキャンセルさせていただきます。かといってこのまま出るのは忍びないので、筋違いかもしれませんがここに一泊分の宿泊代を置いておきます」

 と書いた置手紙と30ペソを机の上にそっと置き、外出のフリをしてそのまま別のホテルを探すことだった。とてもじゃないが、こうでもしなければ満たされなかったのだ。

 というわけで宿探しを再開したが、週末ということもあってか周辺のホテルは軒並み満員らしく、なかなかスムーズには行かない。そろそろ日も暮れかけているので、すぐにでも見つけなければ本当にシャレにならない。
 その矢先、さっきまではノーマークだった小さなホテルに行ってみたら、「一部屋だけなら空いている」とのことだったので、速攻でここを今夜のねぐらに決める。よくよく場所を確かめたらさっきの日本人宿と目と鼻の先なのでうかつに外出したらさっきの人にばったり会う可能性もなくはないが、選択肢がない以上は仕方がない。

 部屋を確保したという安堵感もあってか、どうやらベッドに寝そべった瞬間に寝てしまったらしく、気がつけば外はすっかり暗くなっていた。そういえば小腹がすいているので近くの食堂で晩御飯でも食べるとしよう。

 そう思ってホテルを出たのだが、このあたりはメインストリートから少し外れた裏通りのエリアということもあってか、周囲に目立つ建物は特にない。それに比例するかのごとく人通りもまばらだし、その分周囲が全体的に暗い気がする。
 とりあえず適当に歩いてみたのだが、すぐそこの曲がり角には高校生らしき集団が大声で雑談してるし、かと思えば途中の電柱にはどこぞのおっさんが所在無げに突っ立ってるし、路駐してる車のドライバーの目つきは明らかに狩る者の眼だし、周囲の空気や暗さも手伝って、何かこのあたりは非常に怖い気がしてきた!
 そう直感したぼくはすぐに引き返し、ホテルに戻った。

 因みにこのホテルは本当に小さいので中にレストランとかがあるわけでもないが、受付の横にお菓子とソフトドリンクの自販機があったので、どうやら今夜の夕食はビスケットとコーラにせざるを得ないようだ。

 我ながら「何しにここまで来たんだ?」と思いつつ、メキシコシティの夜は更けていった。


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テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ留学体験記1 メキシコシティ Mexico_City 革命記念塔 Zocalo 日本人宿

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800ランプ

Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

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