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#07-放置プレーと不意の来客

 朝の8時頃、ドアのノックの音で我に返る。
 夕べはかなり疲れきっていたはずなのに眠気は逆に遠ざかっていたままので、実質の睡眠時間は2~3程度だ。恐らくこれが時差ボケというやつだろうか。
 軽く意識が朦朧としていたので放っておいたら、またノックの音がした。どうやら朝食の準備ができたようだ。

 眠気眼でリビングへ行くと、ジャン・ギャバンを髣髴とさせるおじいさんが黙々と料理を食べていた。初対面だが、この人がこの家の主のようだ。夕べぼくが到着したときは、既に寝ていたのだろう。

ジャン・ギャバンジャン・ギャバン(Jean Gabin)
1904年5月17日生まれのフランス人俳優・歌手。フランス映画を代表する名優で、深みのある演技と渋い出で立ちで人気を博す。結婚と離婚を繰り返したり、マレーネ・ディートリッヒと付き合ったことでも有名。代表作は『望郷』『レ・ミゼラブル』『現金に手を出すな』『シシリアン』『ヘッドライト』『暗黒街の二人』など多数。唇がとても薄い。
1976年11月15日逝去。


 「押忍! これからお世話になります」
 と丁重に挨拶をする。とりあえず日本人として義理を欠いてはいけないし、何と言っても100万ドルの資産を相続するための第一歩として、挨拶は必要だ。

 するとおじいさんは握手をしながら、
 「遠くからよく来たな、ここは君の家のようなものだから気兼ねはするな」
 的な反応を示し、また食事を続けた。基本は無表情だが、何だか懐の深そうな老人だ。

 シリアル、ベーコンエッグ、フルーツ盛り合わせ、搾りたてのオレンジジュース、コーヒーという東海地方のモーニング以上に充実した朝食を摂る。実に贅沢なメニューだ。

 食後に皿やコップをキッチンの流しに置き、また部屋に戻って一息つく。


 “……さて、今日は何をしようか”


 今日は日曜日。学校は翌日から始まるので、まだ行く必要はない。
 近所を散策してもいいが、夕べの記憶や窓から見えた街並みから判断するに、このあたりにはパチンコ屋も漫画喫茶もゲーセンもなさそうだ。まあ、繁華街へ行けばそれなりに時間は潰せるだろうが、ここから繁華街までどのくらいかかるかはわからないし、仮にわかってもタクシーとか路線バスを使って行けるほどの行動力も語学力もまだ持ち合わせていない。

 なので、読書なんかをしながら体を休めるのというのもアリだが、この頃は

 “外国語を外国で勉強にあたり、日本語の書物は妨げになる”

 と本気で思っていたので、文庫本はおろかガイドブックすら持参していない。強いて日本語の読物を挙げるとすれば、辞書・旅行代理店に渡された用紙一式・インスタント味噌汁とか医薬品の成分表・タバコに書いてある健康関連の注意書き・財布に残っている日本の小銭くらいである。時間をつぶすアイテムとしては面白みに欠けるものばかりだ。

 とりあえず近所を適当に散策して、後は部屋でおとなしくノートと辞書でも広げようかと計画していた頃、ドアの向こうからおばあさんがぼくを呼んだ。

 ドアを開けるとおばあさんは、ぼくに家の鍵を一式渡してくれた。門と玄関、そしてこの部屋の鍵である。
 その後もいろいろと説明をしているが、早口でよく分からない。しかし、第六感というか本能で言わんとしてることは理解できた。


 「これから夕食前まで私たちは出かけるから、もし家を出るときは戸締りを忘れずに。あと、昼飯はキッチンに置いてあるから、お腹が空いたら適当に食べなさい」


 ぼくはこの家にホームステイでお世話になっているとはいえ、知り合ってまだ半日も立っていない異国の人間に留守番も頼む事の方が驚きだが、今のぼくの状況ならばむしろ誰もいないほうがいいか。

 その後もしばらく部屋でボーっとしていたのだが、気がつくと家には本当に人のいる気配は消えたので、とりあえず外に出ることにする。

 家のドアを開けると、強烈な日差しが肌を刺激する。さすが太陽の国と言われるだけあって、UVの比率は日本より高い。ただ、湿気があまりないので半袖でちょうどいい。個人的にはかなりいい感じの気候だ。

 朝日に照らされた庭を改めて見てみると、思ったとおりけっこう広く、辺り一面には色鮮やかな花々が色とりどりに咲き乱れている。きっとおばあさんの趣味なのだろう。絵葉書に載せても遜色ないほどに手入れが行き届いているではないか。この穏やかな気候に身をゆだねて、この庭を眺めながらビールなんかをかっくらったら、さぞかし至福な時間が過ごせるだろう。

 門を開けて外に出てみる。

 どうやらこの一角はいわゆる高級住宅街に分類されるエリアのようで、周辺の家は全て「ご近所で有名な豪邸」クラスだ。噴水やプールを設置している家もあるし、どの家の車庫にも自家用車が2台は停めてある。メキシコ自体は先進国の仲間入りはしていないが、やはりお金持ちはお金持ちだ。

 住宅街を抜けると、少し大きめの2車線の道路にぶつかった。その向こう側も住宅街だが、家の大きさや建物の年季が、こっち側とは余りにも違いすぎる。おそらくここが富裕層エリアと貧困層エリアの境目なのだろう。日本だと大きな豪邸のすぐ近くにトキワ荘のようなボロアパートが混在したりするが、どうやらこの国では所得に応じて住む場所はきちんと分けるようだ。メキシコは貧富の差がどこの国よりも激しい格差社会の国と聞いていたが、早くもそんな社会事情を垣間見た気がした。

 さらに探索してみると、人が密集しているエリアを見つけた。

 「久々に東京タワー男が現れたか!?」

 と胸を躍らせて走ってみたが、当然のように東京タワーもタワー男もいるわけがなく、そこは青空市場だった。
 道の両脇には生花・果物・チーズ・文房具・おもちゃ・肉・海賊版のCDなど、数多の露店が並んでいる。威勢の良い声をあげて自社商品をPRする店主もいれば、明らかにやる気がなく雑誌を読みふける店主もいる。

 一通り廻ったらこれ以上の発見は望めそうになかったのと、小腹もすいてきたので一度家に帰ることにした。
 キッチンのテーブルに、作っておいてくれたらしい料理がラップに包まれていた。大きめのスライス肉を焼いたやつと、この国ではメインディッシュに必ず添えられるフリホレスというドス黒い煮豆。それにマカロニサラダが昼食のメニューのようだ。

フリホレス
フリホレス(frijoles)
赤線部分のやつがそれ。煮込んだインゲン豆をペーストして汁気がなくなるまで炒めるらしい。どのメキシコ料理にも大抵添えられているメキシコ料理定番のサイドメニュー。



 リビングのテーブルに籠が置かれていて、ここの主食であるトルティーヤというトウモロコシ原料の薄いパン生地が何枚か入っていた。どうやらここにおかずを乗せて食べるのだろう。

 冷蔵庫のモーター音と外から聞こえる滝の音だけが静かに鳴り響く広い部屋で、一人黙々と食べる。肉やサラダはともかく、フリホレスとやらはぼくの口にまったく合わなかったが、かといって残すのも申し訳ないので、リアルに鼻をつまみながら喉に押し込んだ

 とりあえず空腹は満たされたが、相も変わらずすることはない。
 どうしたもんかと考えたところ、リビングに置かれたテレビが視界に飛び込んだ。テレビを通じて異文化に接するのも悪くなさそうなので、電源を入れて適当にザッピングしてみる。どうやらこの家はケーブルテレビに加入しているようで、チャンネルの選択肢はかなり多そうだ。

 しかし、日本でも週末の昼はろくな番組を放送していないように、この国でもいかにもな昼メロとか昔の映画くらいしか放送していない。ケーブルの専門チャンネルも同様で、アメリカの連ドラやアニメばっかりだ。
 それでも所在なさげにボーっと見ていたのだが、満腹と疲労と静かな環境のせいで猛烈な睡魔が襲ってきたので、部屋に戻って昼寝を決め込むことにした。

 それから数時間後、ドアが開く音で目が覚めた。
 一家が帰って来たのかなと思ったが、外はまだ明るい。戻ってくるにはまだ早すぎる。

 しかしそれ以外の音は断続的に続く。大きな足音や何やらイスを引いたような音までもが端々で聞こえてくる。

 というか、この家の門のカギもこの家のドアもぼくが戻った際にしっかりとカギをかけたはずだし、仮にかけていなかったとしても、両方とも簡易オートロックのような構造なので、カギを持っていない限り外側からは開くはずがない。

 にもかかわらずここまで入ってこれるということは……。


 まさか、どどどどど泥棒?



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tag : メキシコ留学体験記1 トルティーヤ フリホレス ジャン・ギャバン メキシコ料理

#08- VSメリケン様

<前回のあらすじ>
メキシコ入国最初の朝を迎えたわけだが、家の人は全員出かけてしまって夕食の時間まで帰ってこないらしいし、学校は明日からなので、とりあえず近所を適当に散策した後に家に戻った。
昼食を食べてテレビを見ていたら急激に眠くなったので昼寝を決め込んだわけだが、ドアの開く音で目が覚めた。
しかし、家の人が帰ってくるにはまだ早いし、そもそも家のカギはしっかり閉めたはずだ。
ひょっとしてこれは……



 「まさか、どどどどど泥棒か?」

 直感でぼくはそう思った。
 何せここは日本とは何もかもが違うメキシコだ。決して裕福とは言えない国だけに、白昼堂々富裕層の留守を狙う窃盗団がいても不思議ではない。入国早々、これはかなり一大事だ。

 鍋を頭に被り、竹ぼうきを手にした気分で音の方向へ向かってみる。この家に来てまだ間もないが、それこそ宝石とか土地の権利書でも盗まれたら、役立たず扱いされて荷物と一緒に追い出されかねないではないか。


 目の前を通り過ぎる憧れの先輩にラブレターを渡そうとするシャイな女子中学生ばりにドキドキしながら様子を見ると、確かに見知らぬ女性二人がリビングを占拠している。片方はウーピー・ゴールドバーグとヴィーナス・ウィリアムスを足して2で割ったような人、もう片方はダニエル・カールの姉とウソをついても全員信じそうな感じの人だ。

ウーピーとヴィーナスとダニエル
こんな二人組


 しかもこの二人はかなり図太い神経の持ち主のようで、まるで我が家にいるかのごとくくつろいでいるではないか。しかし、仮にもみ合いになったとしても、何とか退治できそうだ。


 「動くな! この泥棒猫が!」

 犬笛より若干大きいボリュームで一発カマしてやったら、二人の動きは一旦止まった。

 すると事態は意外な方向へ転換する。
 向こうはぼくを見るなり、

 「あら? あなたが今度来るって言ってた日本人?」

 と、握手を求めてきたのだ。
 はっきり言ってぼくはこんなメリケンとは面識は一切ないので、一体何が何やら事態が飲み込めない。
 しかし、ここでアワアワしているのもアレなので、とりあえずここは話し合いの場を持つ。そしてCoolに自己紹介だ。


 「私は常にお客様とのコミュニケーションを心がけ、営業職に勤めて参りました。全ての成果はお客様との綿密なコミュニケーション、お客様の気持ちを汲み取るところにあると考えております。お客様の情報をダイレクトに連携してきた結果、顧客満足度一位を獲得することができました」


 脳内ではこれくらいのボキャブラリーで紹介したつもりだが、恐らく向こうには「I’m チョーノ!」程度にしか伝わってないだろう。


 何でもこの二人はアメリカ人でどっかの州から来たらしく、ぼくと同様この家にホームステイをしている語学学校の生徒で、この週末は二人で近隣の都市を泊まりで観光していたようだ。そしておばあさんから事前に、ぼくが来ることは聞いていたのだという。
 
 兎にも角にも、とりあえず泥棒じゃないとわかれば話は早い。ぼくらは平和条約を結び、辞書を片手にしばしご歓談する。アメリカのこと、日本のこと、メキシコのこと、片手間で儲けるアフィリエイトプログラムの必勝法などを語り合った。ぼくは片言で、向こうはネイティブと話す感覚でベラベラと容赦なく。

 そうこうしていたら一家も戻ってきた。
 この日の夕食は、人が増えたこととウーピー(仮名)もダニエル姉(仮名)も既にスペイン語がけっこうペラペラということもあって、とても賑やかな食事になった。
 といっても賑やかなのはその二人とおばあさんが中心で、ぼくは“自分にあまり発言権のないグループで食事をする羽目になった人”として、口は一切挟まずに時折愛想笑いを浮かべる役割を十二分にこなした。そしておじいさんはマイペースにモグモグやっている。

 夕食も終わり席を外そうとしたら、ウーピー(仮名)がさっきの歓談の続きをしようと提案してきた。どうやらこれまでのぼくのスウィートトークですっかりメロメロパンチになったようだ。まあ部屋に戻ってもインスタント味噌汁の成分表を読むことくらいしかすることがないので、”続きをしてやらないこともない”という態度で了承した。
 ダニエル姉(仮名)の方は「じゃあウーピー、また後でね」と不参加を表明し、さっさと部屋へ戻っていった。そういえばダニエル姉(仮名)はさっきの歓談でもウーピー(仮名)ほど積極的に参加していなかった。もう眠いのか、「リメンバー・パールハーバー!」な思想なのか、生理的にぼくを受付けないかのどれかのだろう。


 何でもウーピー(仮名)はメキシコ料理にかなり興味があるようで、入国してから様々な料理を食べたと言う。確かに彼女の体型と手元のダイエットコークを見れば抜群な説得力がある

 そういえばルイス(日本でスペイン語を教わった講師)は言っていたが、確かにこの国の料理はバリエーションが豊富で、タコスのように全国レベルの大衆食もあれば、限られた地方でしか食べられない郷土料理もたくさんあるらしい。味や食材も様々で、辛いもの、甘いもの、こってりしたもの、あっさりしたものなど、実に多種多様らしい。なので、些細なことでいいからメキシコ料理に関する情報を提供してほしいと言い出した。

 とはいえ、この家でメキシコの家庭料理は食べたが、それ以外となるとドリトスのタコス味とかコンビニのブリトーくらいしか食べたことはない。というかそれらは多分アメリカ発だろうし、アメリカ人のウーピー(仮名)はどうせ現地でほぼ毎日食べているに違いない。
 なので、正直に「食べたことがない」と言ってもよかったのだが、なぜか反射的に「こんな料理を食べたことがある」とデマカセを言ってしまった。
 しかし、ヘタに追求されると絶対にボロが出るので、

 「料理の名前は覚えていないし、一度日本で食べただけなので正式なメキシコ料理かはわからないが…」

 とたっぷり保険をかけた上で、脳内で勝手に料理を創造する羽目になった。メッキでウソを固めるとはまさにこのことだ。

 説明するために辞書で該当の単語を探すフリをして時間を稼いだら、「月桂樹と刻みニンニクをまぶした牛肉のスープ」というのが頭に浮かんだので言ってみたら、ウーピー(仮名)「へー」と興味深そうな表情を見せた。


 さあ、これで一安心。そろそろ話題も尽きつつあったので部屋に戻ろうかと思ったその時だ。
 あろうことかウーピー(仮名)
 「本当にそんな料理あるんですか?」

 と、流しで洗い物をしていたおばあさんに真意を確認するという想定外にも程がある行動を取りやがった。

 はっきり言ってこれはまずい! このメンバーでメキシコ料理に関して最も精通しているのは、明らかにおばあさんだ。たとえその料理が実際にあろうとなかろうと、彼女が「知らない」と言ってしまえば、ぼくはこの家でウソツキ野郎にされてしまう。内心では「信用しろよ!」と言いたくなったが、何せこの時点でウソツキなのだから言えるはずもない

 地下帝国で1本5000ペリカのビールを飲む羽目になるか、それとも地上で焼肉を貪るか……。図らずもぼくの運命はおばあさんが握ってしまった。
 「ざわ……、ざわ……」という空気が辺りを支配し、固唾を飲みながらおばあさんの答えに耳を傾ける。果たして答えは……?



 「うーん、あると思うわよ」


 Yes!!!  Hell Yeah!!!  Awosome!!!  Holy Shit!!!


 こうしてぼくの行き先は地下帝国行きは免れた。


 おばあさんの答えをすっかり信用したウーピー(仮名)「見つけたら食べてみる」とご満悦だが、それにしてもアメリカ人てやつは単純だ。そもそもそんな無難な料理は別にメキシコじゃなくてもどこの国にもありそうじゃないか

 明日から始まる学校を前に、メリケン様を手玉を取るとはなかなか幸先の良いスタートだ。

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#09-始めの始まり

 今回の旅の最大の目的である語学学校の授業が今日から始まる。この家名物の充実しまくったモーニングを腹に詰めた後、おばあさんに学校まで案内してもらう。どうやらあのウーピー(仮名)とダニエル姉(仮名)は別の学校に通っているらしく、ぼくが身支度を整えた頃にようやく朝食を摂り始めた。

 おばあさんに案内される感じで5分も歩いた頃、「ここが学校よ」と一軒の大きな建物の前で足を止めた。

 そういえばここの前を昨日歩いた。
 坪数も塀の高さもおばあさんの家よりもはるかに大きいこの建物を見て「いけ好かない成金が建てそうな家だな」と思った記憶がある。まさかここが学校だったとは。
 「じゃあ、また後でね」とおばあさんはその場を立ち去った。

 チャイムを押すと、おととい”ウェルカム・イチャイチャ”で歓迎してくれたスタッフさんが出た。
 色々話しかけてくれるが、相変わらず何を言ってるかはよく分からない。この状況から考えるに、どうせ「昨日はよく眠れた?」とか「もう疲れは取れた?」と言ってることにすれば間違いはないだろう。


 とりあえずはオフィスに案内されて、諸々の事項を確認する。
 まず、授業は週単位で月曜から金曜日までの5日間。一日あたり50分×5時間プラス合間の休憩時間を含めて終わるのは昼の1時半。
 そして講師は基本的に週代わりで、生徒の習得レベルやその時の生徒数、講師との相性を考慮してその都度シャッフルするという。なので、週によってはマンツーマンだったり何人かの生徒と一緒にやることもあれば、人によっては毎週講師が変わったり、逆に殆どの期間を同じ講師から教わることもあるということだ。

 その後、ここで使う専用のテキストと簡単な教材、周辺のエリアガイドブックみたいなのを渡された。テキストを開いてみたところ、いわゆる語学習得にあたって基本的な活用や文法を学ぶようだ。ただ、奥付を見たら竹の子族がブームだった時代に発行したまま改訂も増刷もされてなさそうなのが気になるが。
 

 説明は終了してからオフィスを出ると、その前の庭に人だまりが出来ていた。
 講師らしき現地の人4人(男性2:女性2)と生徒らしき人が3人(男性2:女性1)、そして、いかにも“俺が講師たちの給料を払い、生徒たちに勉強の機会を与えてやっている”というスタンスがモロに顔に出ているオーナーらしき年配のおっさんが、コーヒー片手に談笑していた。きっと授業前のコミュニケーションだろう。

 彼らはぼくを見るなり、握手&質問攻めに合う。

 「ようこそ、メキシコへ!」
 「いつここに着いたの?」
 「何でスペイン語を勉強しようと思ったんだ?」
 「手相に詳しい知り合いを紹介するので、近くの喫茶店でお茶でもいかがですか?」
 「遡ること7500万年前、宇宙はジヌーという邪悪な帝王に支配され、人口が増えすぎたため輸送機で地球まで運搬して……」


 ここは聖徳太子のように一つ一つを丁寧に捌きたいところだが、元来の人見知りの激しさに加えて初めての異国での暮らしで大わらわなので、

 「あー、うー、その件につきましては、何と言いますか、前向きに善処しましてですね、そのー……」


 と返すのが精一杯だった。

 それにしても、民間とはいえ学校を名乗っているのだから、それこそ生徒は世界各国から集まっていて最低でも10人くらいはいるものと勝手に想像していたが、生徒数はぼくを含めて4人で、しかも全員日本人とは全く予想だにしなかった。出来るだけ日本の要素を排除した環境で勉強するためにわざわざ墨西哥くんだりまでに来た面もあるので、少々アテが外れた感じだ。
 とはいえ遠い異国での同胞は何かと心強いはずなので、放課後あたりに昨日買ったオレオとドリトス(買ったはいいが食べるのを忘れてたやつ)で彼らのご機嫌をとるとしよう。俗に言う根回しというやつだ。


 授業の前に、まずは校内の施設を案内してもらうことになった。
 オフィスはオフィスで独立した建物で、その奥には教室と寮の部屋で使う大き目の建物、オーナー一家の住居、住み込みで働いているらしい使用人用の住居、後日談によると、建設途中でオーナーが費用を値切ったことでブチギレた業者が、途中でバックレたために未完成のままほったらかしにされている用途不明の建物などが一つに敷地内に建っている。
 他にもバレーボールコートくらいの広さの中庭や、この界隈のお金持ちには標準装備らしいプールもある。「校内」と書くと大学のキャンパスみたいな構造を頭に浮かべがちだが、ここはどちらかというと「小さな街の4つ星ホテル」とか「田舎の大地主の本家」に近い。

 一通り回った後、簡単なテストをすることになった。
 といっても簡単なのはテストのシステムのことで、要はぼくがどれだけスペイン語のボキャブラリーがあるかを確認するために、日常生活に必要な問題が口頭で次々と出される。講師は「わかるかなぁ~? わかんねぇだろうなぁ~」としたり顔だ。
 
 しかし、こう言ってしまうと何だか手前味噌になってしまうが、ぼくは日本で一日7時間という長時間労働の合間をぬって、ネイティブの講師とマンツーマンで毎週末90分×数ヶ月という殺人的な日程でスペイン語を習得していたのだ。どうやら日本での成果を発揮する時が来たらしい。
 きっと終わった頃には、

 「うへえ、あんたの頭のいいのにはお見それしました!」

 と、涙ながらに土下座するに違いない。



 ……結果、ぼくはこの学校の末端であろう初級コースから始めることになった。そもそもこの学校に明確なコースはないが、要は、

 「おはようございます」

 とか、

 「これは何ですか?/これは本です」

 から始めないとお話にならないと判断したのだろう。日本で消費した時間とお金と脳みその集大成は、思ったほどなかった。

 とりあえず今週は、リカルドというかなり飄々とした中年男性講師とマンツーマンで勉強することになった。

 果たしてどうなることやら。


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tag : メキシコ留学体験記1 スペイン語学校

#10-授業と授業のエピローグ

 とりあえず今週は、リカルドという飄々とした中年男性講師とマンツーマンで勉強することになった。そりゃあ、生徒が4人で講師が4人ならマンツーマンじゃない方がおかしいのだが。

 改めて自己紹介をしたり、ここに来た経緯をかいつまんで話した後に、 

 リカ:「Buenos días.(=おはようございます)」
 ぼく:「Buenos días.」
 リカ:「¿Cómo estás?(=お元気ですか?)」
 ぼく:「Estoy bien. ¿Y tu?(=はい、私は元気です。あなたは?)」

 というようなヌルヌルの授業が開始した。

 そして、

 リカ:「¿De dónde eres?(=君はどこの出身ですか?)」
 ぼく:「Yo soy de Japón(=私は日本出身です)」
 リカ:「¿Qué es esto?=これは何ですか?)」
 ぼく:「Esto es un libro(=これは本です)」
 

 みたいことをやっていたら、1時間目が終わるチャイムが鳴り、10分間の休憩に入った。

 中庭のテーブルにバッチリザラハイが置かれているのを見逃すはずがないぼくは早速ポケットからライターをまさぐったが、リカルドから、

 「休憩時間も積極的に講師とのコミュニケーションをとって語学習得を図るべし」

 みたいなことを言われた。確かに他の生徒は積極的に他の講師ともコミュニケーションをとっている。しかし、現時点のぼく語学力をスカウターで計測すればせいぜい4程度しかないので、本音を言わせてもらえば「簡単に言うな!」である。


 すると、ミゲルという別の男性講師が生徒と講師全員に大声で何やら呼び掛けた。ガタイがかなり良くて口ひげにアゴガ真っ青という男性ホルモンが体内で放出しまくりの彼は、どうやら講師間でもリーダー的な存在なようだ。

 何を言うのかと思ったら、


 「親睦をかねてこれから皆でバレーボールをやろう」


 などと松岡修造みたいなことを言いだしてるらしい。

 正直なところ気乗りはしないが、他の皆はけっこうノリノリのようだし、ここで断ろうものなら後々面倒なことになりそうなので“参加してやらないこともない”という態度で了承した。

 早速3人がかりで中庭中央に大きな専用のネットを立て始め、生徒4人VS講師4人というチームが分けると、どこからか持ち出したボールを手に取り、試合が始まる。


 ミゲルは挨拶代わりに本気のサーブをぼくめがけて打ってくる。
 しかし心の準備ができていなかったのでうまく返すことができず、得点は講師組。ヘラヘラしていたら片方の男子生徒から「今のはちゃんとボールを見てたら返せたのに…」真顔でたしなめられた
 てっきり昼休みに会社の屋上でやるようなノリで済むのかと思ったら、部活色がかなり強そうだ。はっきり言ってウザい!


 その後はそれなりに試合が成立してボールが回り始めたが、似たようなヘマをやらかした女子生徒には、「今のは取れなくても仕方ないよ」とフォローしていた。


 何だ、そりゃ?
 往年のドリフのバレーボールコントでもやってんのか?
 


 と、そんな憤りを感じていたら、2時間目開始のチャイムが鳴った。


 リカ:「¿De dónde eres?(=君はどこの出身ですか?)」
 ぼく:「Yo soy de Japón(=私は日本出身です)」
 リカ:「¿Qué es esto?=これは何ですか?)」
 ぼく:「Esto es un libro(=これは本です)」
 

 というような感じで授業は進んだが、どうも次の休み時間にもさっきの続きをやるっぽい空気だったので、自然に回避できる理由を考えることで頭がいっぱいだった。


 そして2度目の休み時間。
 案の定ミゲルは有無を言わせず「さっきの続きだ!」と宣言し、嬉々としてポジションに付いた。
 せっかく考えた「おなかが痛い」「そろばん塾に行かなければならない」「親戚が泊まりに来ている」という絶好の言い訳を伝える間もなく、また強制的にバレーボールに参加させられた。
 このイベント自体は悪いとは言わないが、ただでさえ久々の運動な上に標高が1000mオーバーなものだから、終わってもしばらくは汗は止まらないし呼吸は整わないし、もっと言えばあまり運動が得意でなく決して若くもないリカルドも息が整うまでけっこう時間がかかるので、授業の序盤5分は教室という密室の中で二人して無言でハーハー言っているという、事情を知らない人に何かを疑われかねない事態に陥っているのが実に腑に落ちない。

 しかしそんその後も授業3回とバレーボール2回を消化し、何とか今日の授業を終えた。

 講師たちはさっきまでの朗らかな顔とは一変し、かなり雑な挨拶逃げるようにそそくさと帰る準備を始めた。”お金が発生しない以上は一秒たりともここに長くいる必要はない!”という彼らのワーキング・アティテュードを垣間見た気分だ。

 ぼくもそのまま帰ろうと思ったが、何となく日本人生徒たちと中庭でしばし雑談することにした。何せ3日は日本語を聞かずしゃべらずの状態は人生初なので、日本語に飢えていたのだ。早速賄賂としてオレオとドリトスを振舞ってやりつつ、雑談に参加する。

 どうやらこの3人はほぼ同時期にここに来たようで、滞在期間はまだ2週間程度だという。
 で、さっきのバレーボールでぼくのミスを真顔でたしなめた男性(通称:オッチョさん)はぼくよりもやや年上で、名古屋から来たという。いかにもTHE・体育会系という感じで、中・高・大は部活でモーレツに熱血していたであろう佇まいだ。この人は既にけっこうスペイン語しゃべれるようで、皆とコミュニケーションをとっていたし、講師たちからも気に入られているようで、ポジションは生徒のリーダー的立場を任されているようだ。

 もう一人の方の男性(通称・ヨシツネさん)はオッチョさんよりも年上のようで、彼とは対照的に物静かで温和な印象を受ける。どことなく、民放のスポーツニュースでヨーロッパサッカーを解説させたら右に出るものは見つからなさそうな感じだ。

風間八宏
民放でヨーロッパサッカーを解説させたら右に出るものはいない人



 そして、どことなく鬼嫁キャラ前の北斗晶を思わせる唯一の女性生徒(通称:ユキジさん)はオッチョさんと同い年らしく、日本では”国家資格が必要の方のナース”として、患者にお注射をしたり、時々同僚からモルヒネの横流しを提案されては断る生活を送っていたという。で、各々の生息分布は、オッチョさんとヨシツネさんがこの敷地内の寮で生活をし、ユキジさんは別の家にステイしているようだ。

 その後も“ここに来た理由”とか“スペイン語を学んだきっかけ”みたいな定番の質問で歓談していたが、意外に事実が判明した。

 何と3人とも、あの“ダン池田似の胡散臭いおっさんがキナ臭い路地裏の雑居ビルで経営している浜松町の旅行代理店”経由でここに来たというのだ。

ダン池田
旅行代理店の担当者


 あのオヤジ、あんな顔してなかなかやるじゃないか!


 ……とまあ、こんな感じで初日の授業が終わった。


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#11-セントロで見たもの

 翌日以降もほぼ初日と同じ日程をこなす。
 緩やかではあるがスキルは日増しに上がっているように思う。尤も、向こうの人からすればまだまだだろうが、手ごたえもやりがいもある。やはり環境は大事だ。


 ここまでの成果を自分なりに分析してみる。


 相手の主砲であるミゲルはサーブの際に”視線のフェイント”を使用する。つまり一人の生徒に目配せしておいて別の生徒に向けて打ったりするのだが、ボールをはたく直前に打とうとする方向を見てしまうという癖があることに気づいた。また、彼は時折サーブに癖のあるカーブをかけるが、方向は一定なので一度見極めれば簡単に処理できる。
 そして彼は腕力がけっこうあるのでアタックは要注意。ジャンプさせたら失点する確率はかなり高いのでマークは重要だ。
 反面、リカルドのパワーもスピードも大したことはないが、たまにいやらしい角度のボールを打ってくる。彼にボールが渡ったらポジションに注意したいところだ。
 それとレギュラーメンバーではないが、たまにマリオという住み込みで働いている使用人の青年が相手チームに駆り出されると向こうの戦力は大幅にアップする。彼の身体能力と運動神経はかなり高く、まるで少年団のチームに一人だけプロが混ざっているような感じだ。
 しかし、時として若さが裏目に出て独りよがりのプレーをすることがたまにあるので、その隙を突いて攻撃をしたいところだ。


 ……うーん、我ながらかなり本末転倒である。

 そもそもぼくはバレーボールがうまくなりたくてわざわざ大枚をはたいてメキシコに来たわけではない! スペイン語が話せるようになるためにここに来たのだ。はっきり言ってこんな対策で頭を使うよりは一つでも多くの単語を頭に詰めるのが大事に決まっているのだが、この学校においてのバレーの比重は時間・本気度共にレクリエーションのレベルを超えている。
 というか、ミゲルとオッチョさんだけがやたらと本気モードで、残りのメンバーは否応なしに付き合わされているのが現状だ。

 しかもこの状況で問題なのは、“勝ってもこれといった褒美がない”ということだ。昼飯とか宿題免除とか石油掘削の権利とかが賭かっていれば話は別だが、勝っても負けても得るのは徒労感と筋肉痛でしかないのが非常にタチが悪い。

 まあ勉強の方は“可もなく不可もなく”というか、緩やかに習得中といったところだ。


 そしてある日の放課後、いつものように生徒とダベっているとクラスメイトのオッチョさんが言った。


 「今夜みんなでセントロ(=繁華街)に行かない?」

 お! 何とタイミングの良いことだ。
 実はぼくもそれを言おうとしていたのだ。


 というのも学校以外の時間は基本的に自由で、ぼくの場合は家で昼食を摂ったら近所の散歩か昼寝で時間を潰していたのだが、このあたりは普通の住宅街なので一通り歩けば目新しいものは早々見つからない。せいぜい“あの商店は他と比べてスナック菓子類のラインナップが豊富”とか“あのあたりにはいつも大きな野良犬がうろついてる”くらいしかない。

 そこで、行動範囲を広げる意味でもセントロに行ってみようとは常々思っていたのだ。入学の際にスタッフさんからセントロの簡単な地図をもらったのだが、どうやらここから路線バスで5分程度の場所にあるようだし、何と言っても繁華街なので、このあたりよりは断然見どころもあるに違いない。
 しかし一人で行くには今のボキャブラリーでは何となく心もとないので、いつかヒマそうな誰かを誘ってみようと思っていたところだ。先手は取られたが渡りに船とは正にこのことだ。


 「いいじゃないですか。で、セントロで何をしましょうか? お食事? ゲーセンでピンボールのハイスコア競い合い? ちょっと冒険して闇カジノで1玉4000円のパチンコ? あらやだ、まさかひょっとしてアレ?」


 こちらから色々仕掛けたが、彼の答えはぼくの想像力の限界を超えていた。



 ミゲルが言ってたんだけど、今夜セントロで水子供養があるんだって」


 ……え? 今、水子供養って言った?

 この国ではそんなものがイベントとして成立するのか?
 聞き間違いとも思ったが、ぼくの脳はハッキリと”MI・ZU・KO・KU・YO”と認識したのだから仕方がない。

 さすがにい日本でも立ち会ったことはないイベントが、身内や血縁者が絡んでいるならともかく見ず知らずの他人の場合だとあまり率先して行くべきではないような気がする。しかも見に行くだけでいくばくかの料金が発生するようなので、それ自体にあまり気乗りはしない。しかし残りの二人は「是非行きましょう!」とかなり乗り気だ。
 確かに、元ナースであるユキジさんはさっきの雑談で、

 「私は仕事上、今までに人の死を何回も見てきた」

 とか言ってたからそれなりの興味はあるかもしれないが、まさかヨシツネさんまで食いつくとは。日本でもこのイベントは”静かなブーム”なのだろうか。

 釈然とはしないながらぼくも行くことにしたので、帰ったら家の人に今夜の夕飯は作らなくてもいいという旨を伝えなければならない。
 早速辞書で調べるが、あいにく「水子供養」という単語は載っていない。とはいえ、今日の夕飯は不要ということだけが伝わればいいので、「今夜はストリートアイドルのオフ会があるので」とだけ伝えておいた。


 そして夜の7時頃に学校で待ち合わせをする。このあたりはこの時間でも外はまだ明るい。さすが太陽の国だ。はっきり言ってイベントはどうでもいいが、“仲間と夜の繁華街へ繰り出すこと”でワクワク感が高い。

 他の3人はぼくより多少なりとも滞在期間が長く言葉もそれなりに堪能なので、てっきりセントロには行ったことがあるものと思っていたが、どうやら今回が初めてだという。要は今まで行く用事がなかったみたいだ。

 さて、ここからセントロまでの交通手段は、普通に考えれば路線バスかタクシーのどちらかということになる。

 最初に路線バスの案が出たのだが、全員まだ利用したことがないのため、乗り降りの仕方がイマイチわからないから不安だという空気になった。
 はっきり言って乗り降りの仕方がわからなくても他の乗客の行動を真似ればいいだけのことだが、万が一そのときの乗客全員が目的地より遠いところで降りる場合、必然的にそこまで乗せられることを懸念しているらしい。
 かなり後ろ向きな理由だが、皆が嫌と言っている以上は仕方がない。これが民衆主義というものだ。

 そうなるとタクシーということになるが、その案にはオッチョさんが難色を示した。
 因みにこのエリアのタクシーはメーター制ではなく、乗る前に運転手と料金の交渉をするシステムなのだが、何でも講師の誰かが「外人相手だと相場より高めの値段を吹っかけることもある」と言われたようで、「ボッタクられそう」と腰が引けている。
 確かに気持ちはわからなくはないが、絵画や骨董品の詐欺じゃあるまいし、仮にボッタクられても金額はたかが知れている。せいぜいビール1本分が関の山だろう。そう言ってやりたかったが、何せこの時点でのぼくはジーコジャパンにおける茂庭くらい発言権がなかったので黙っていた。


茂庭茂庭照幸(もにわてるゆき)
元日本代表ディフェンダー。ベルマーレFC東京を経てセレッソ大阪に所属。年代別代表でもU-18からA代表まで選ばれており、2004年のオリンピックアテネ大会にも出場。元々2006年ドイツワールドカップ大会には選ばれていなかったが、別の選手のケガにより代替として急遽選出された。とあるJリーガーが現役中に刑事事件を起こして逮捕された時は、偶然にも同い年で名字の字面も似ていたことから彼が犯人だと勘違いした人が多かったため、ある意味その事件の最大の被害者との声もある。1981年9月8日生まれ。



 後でわかったのだが、ここからセントロまでのタクシー料金の相場は当時の金額で200円くらい相乗りなら一人あたり50円ですむことをぼくも含めて知らなかったのだ。彼らの語学力はぼくより断然上のくせに、行動力は“図体がでかいだけの赤ん坊”でしかないことがわかった。

 というわけで結果的に、セントロまでは徒歩という最もプリミティブでリーズナブルでエコロジーな手段で行くことになった。


 因みにクエルナバカは山間の町なので、とにかく坂が多い。急な坂を上ったかと思ったら緩やかな坂を下り、更に急角度の坂を下ったかと思ったらまた急な坂を上るという具合。しかもクエルナバカは他のエリアよりも低いとはいえ普通に標高が1500m近くあるので、体力の消耗が尋常じゃない。
 しかもここの道路は日本ほど整備されていないので、歩道といっても道路の両側が申し羽程度に高い段差になっておる程度でしかないし、ガードレールがあるわけでもない。そんな道路事情の中、すぐ横をボロ車が排ガスを撒き散らしながら猛スピードで走り抜けるし、時折人肉が主食としか思えない大きな野良犬が闊歩したりするので、ある意味冬山登山以上の集中力が必要となった。

 何だかんだで20分くらい歩き続けていると、オッチョさんが「多分あそこだな」と一つの建物を指差した。

クエルナバカの劇場
Cuernavacaの劇場・Cine Teatro Morelos(シネ・テアトロ・モレーロス)


 看板の「Teatro」は英語でいうシアターのことなので、要は劇場だ。どうやらこの国では教会とか斎場ではなく、劇場で水子供養を行うようだ。


 更に近づくと、建物の近くには30人近くの人が密集していた。こんなに人が集まるのだから、きっと有名人の水子に違いない。
 そして意外だったのは、待っている人の表情に悲しさは感じられず、むしろ笑顔すら浮かべている。しかも参列者の服装はオール普段着で、喪服も着ていなければ顔が隠れるくらいのレースがついた帽子を被っている人もいない。


こんな感じのやつ
こんな感じの帽子みたいなの



 気取らずに笑顔で送るのがここの伝統なのだろうか。うーん、やはり国によって文化や風習は違うものだ。


 ところで、待ちわびている人の殆どは同じ紙を手に持っていることに気づいた。
 表紙にはハデな衣装を身にまとった男女が、一風変わったポーズをとっている写真が掲載されている。しかもその衣装はどことなく歴史を感じさせるデザインなので、民族衣装か何かだろう。そしてそのポーズも実に躍動感があるので、恐らく踊っているところを撮影したのだろう。



 ……ん? 待てよ。


 民族衣装を着ている人が踊っている…。

 民族衣装…、民族……、minzoku………、水子…………、mizuko………………。

 ダンス…、踊り……、舞踊………、buyo…………、供養……………、kuyo………………。


 ハッ!
 

 もしかして“水子供養”じゃなくて“民族舞踊”?



 どおりでおかしいと思った。
 さっきから生徒たちは「面白そう」「楽しみ」などと不謹慎なことを嬉々として連発しているし、そもそもこの国はキリスト教だし、水子供養って仏教の発想だし。

 一見強引なボケみたいだが、ここに到着する今の今まで本気で聞き間違えていた。どうやらぼくはスペイン語を覚える能力とひきかえに、日本語のヒアリングを犠牲にしてしまったようだ。


 因みに民族舞踊の内容は全く憶えていないが、「やっぱり踊りの起源はジャンルや国に関係なく雨乞いとかお祈りなのかな?」と思いながらた見ていた記憶だけは残っている。


テーマ : 海外留学
ジャンル : 学校・教育

tag : メキシコ留学体験記1 茂庭照幸 民族舞踊 水子供養 Cine_Teatro_Morelos

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Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

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