FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Guanajuato(グアナファト)-〈今度こそ〉立った! フラグが立った?

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)


 とりあえずここは4泊を考えていたが、やっぱり明日の朝ここを出ることにした。
 当初の目的通りここでもう少しダラダラしてもいいのだが、もう帰国日まで残り少ないことを考えると、もう一箇所くらい足を延ばしても良いように思えてきたからだ。
 実際、グアナファトの近くにあるMorelia(=モレーリア)という街が、グアナファト同様コロニアル調の美しい町並みでおなじみなので、ここを最後の地にしてCuernavacaに戻るのも悪くはない。

 とりあえずセントロにある旅行代理店に行こうかと思ったが、ここはぼくの得意技である「どうしてものことじゃないから後回し」により、翌朝考えることにした。
 
 さて、昨日は図らずもショッピングモールにて地元の綺麗な双子ちゃんと接点が生まれ、ひょんなことでそれなりに仲良くなり、彼女はぼくの魅力にすっかりメロメロパンチになったようだ。「また来てね♥」とお誘いを受けたので、行ってやることにした。今日はハネムーンの相談でもするとしよう。メキシコ国内ならカンクンアカプルコ、国外ならヴェネツィアハワイ、日本国内なら熱海会津若松あたりが妥当だろう。

 そしてまたあのトンネルを抜けてあること約20分、遂にモールへ到着。
 入口に目をやると、近くで立っているお嬢さんが見えた。どうやらぼくが待ち遠しくて外で待っているようだ。
 ただ非常に気になるのは、遠目からでも彼女の横に霊長類ヒト科のオスらしき生物ピッタリとマンマークしているように見えることだ。

 ぼく:「や、やあ、昨日はどうも」
 双子ちゃんA:「あら、来てくれたの?」
 ぼく:「うん、ところでこいつ誰?(狼狽しているので言葉が乱暴気味)
 双子ちゃんA:「紹介するわ。私の彼氏」
 彼氏:「初めまして。彼氏です」


 ……チクショウ! やっぱりそんなオチか!
 純真無垢な人の心をズタズタに弄びやがって!



 この彼氏さんは同じモールの別のショップで働いているらしい。
 双子ちゃんA:「彼氏は日本のアニメが大好きなの。だからあなたの意見を色々聞きたくて」


 ……昨日来いっつったのはそのためかい!

 まあいいや。
 いかなる理由であれ、自分を必要としている人間がいるだけでもありがたいではないか。

 ちょっと余談になるが、他の諸外国同様、メキシコでも日本のアニメ人気はかなり高い。
 Cuernavacaで会ったマヌエルは子どもの頃に見た『マジンガーZ』がきっかけで日本に興味を持ったらしいし、Monterreyで会ったラロも同様に日本のアニメが大好きだ。
 実際にメキシコでも『ドラゴンボール』『ポケモン』の社会的地位と認知度は日本でのそれと大差ないし、これまでもテレビで『犬夜叉』『NARUTO』『らんま1/2』『鋼の錬金術師』『テニスの王子様』などが放送されているのは確認済みだ。
 もちろん現在でも、日本と聞いて連想されるものはいえばスシ・ゲイシャ・車・電化製品なのは変わらないが、いわゆるジャパニメーションも日本のアイコンとして認識されているのも事実だ。


 ぼく:「意見ったって、どんな意見を聞きたいの?」
 彼氏:「ぼくは日本のアニメが大好きで、将来日本でアニメに関係する仕事に就きたいんだけど、どうすればなれるかな?」
 ぼく:「ディレクターになりたいってこと? それともアニメの制作技術を覚えたいってこと?」
 彼氏:「できれば自分で作った作品を世に出してみたいな」

 そう言うと彼は鞄から、わざわざこの日のために持ってきたスケッチブックを取り出し、一生懸命トレース及びスケッチしたであろうアニメキャラの絵を見せてくれた。テイストを見た限り、彼の目指す分野は少年ジャンプやジブリ系ではなく、どちらかというと秋葉原界隈でよく見かけるタッチのイラストのようだ。


 ……まあ画力は悪くないし世に出すのは勝手だけど、それで生計を立てるのは正直無理じゃね?

 おそらく、この手のタッチを得意とするイラストレーターやアニメーターは既に飽和状態だと思われるので、この画力だけで勝負するにはかなり無謀のような気がする。
 となると、これまでにないストーリーや世界観を組み込まないと人気を得るのは難しいだろうし、キャラ設定にしてもそれこそツンデレとかボクっ子といったいわゆる“萌え属性”とやらの概念がある程度理解していないと厳しいだろう。というか、この手の発想は日本人だからこそ創造できることだと思うし、いくら作品をたくさん見たからと言ってそれらが磨かれるとも限らない。ましてや、日本とは全く異なる文化の中で生きてきた外国人がどこまで理解できるかも未知数だ。少なくとも日本では“団地妻=エロの鉄板”ということが頭と心でわかっていないとスタートラインにすら立てないのではないだろうか。

 ならば制作技術に特化した編集オペレーターという方向もありうるが、そもそもメキシコで放送しているアニメは100%海外作品だろうから、国内に制作会社なんてないはずで、仮にあったとしてもせいぜい海外作品を買い付けてテレビ局に売りつける業者くらいだろう。そうなると、国外に出ないことにはお話にならない。
 といっても、今は日本もアメリカもコスト削減で人件費の安い国の制作会社にアウトソーシングしてるというから、むしろ中国とか韓国に行った方がいいのかもしれない。ということは、現地の言葉を最低限覚える必要もある。
 それに、仮にどこかの制作会社に働くことができたとしてもアニメ業界の労働条件や給与は尋常じゃないほど悪いという話も聞くので、劣悪な環境でも生きていくという覚悟と、独り立ちするまでの当面の生活費なんかも必要とされるだろう。


 ……うん、やっぱり無理じゃね?

 とはいえ、そう断言してしまうのも何かアレだったので、

 「とりあえずFLASHとか覚えてショートアニメでも作って、YOUTUBEにでもアップしてみたら? 面白ければコメントも付くだろうし、誰かがどこかの大きなBBSとかにURLを貼ってくれたら話題にもなると思うよ」

 とアドバイスしてみた。彼はそれに納得したかどうかは知らないが。

 その後二人は「これから映画を見るから」と言って映画館に行こうとしたのだが、「私の片割れ(双子ちゃんB)は今日も働いているから、帰る前に顔を出してあげて」と言うのでレストランエリアへ行ってみた。
 とはいえ、昨日は双子ちゃんBの方とは殆ど話していなかったので、ぼくが顔を出したところで大したリアクションは期待できないのが不安要素だが。

 そんな懸念を覚えながらもレストランエリアへ行ってみると、彼女の言葉通り、双子ちゃんBがカウンターで接客をしていた。

 「やあやあ、昨日はどうも」
 と声をかけると、以外にも笑顔で好意的に反応してくれた。
 で、時間帯も時間帯だったので昨日と同様またここで適当にメシを食べて、適当に別れの挨拶をして帰るとしよう。

 昨日と同様近くのテーブルでモソモソ食べていたら、双子ちゃんBが「ここに座ってもいい?」と、ぼくの向かいのイスに座った。どうやら彼女も休憩時間のようで、自分で食べる分の料理をテーブルに置いた。一人で食べるよりは、少なからず顔を知っている人間と食べた方がましということだろう。まあぼくとしても話し相手がいるにこしたことはない。
 というわけで雑談しながらの食事となった。これまでにぼくが訪れた都市のこととかグアナファトのこと、日本はどういう国だとか、まあ普通のざっくばらんな会話だ。

 そして話題は今後のぼくの予定になった。

 双子ちゃんB:「いつまでグアナファトにいるの?」
 ぼく:「明日ここを出発しようと思ってるけど」
 双子ちゃんB:「そうなの? それはとても残念ね」
 ぼく:「何で? 明日大きなイベントでもあるの?」
 双子ちゃんB:「私は明日仕事が休みで、予定も特にないの」


 ……おっ? これはひょっとしてひょっとすると?


 双子ちゃんB:「せっかくこうして知り合えたから、色々日本のこととか聞いてみたいと思ったんだけど」
 ぼく:「……」
 双子ちゃんB:「でも仕方ないわね。あなたにはあなたの予定があるだろうから」


 ……これは、今度こそフラグが立ったと判断してもよろしいのではないでしょうか?


 というわけでぼくは光よりも早いスピードで予定を変更し、出発を一日延長することにした。そして明日セントロで待ち合わせる言質を取った上で、モールを後にした。

 帰りの道中、昔聞いたことのある名言が頭を過った。



 俺の人生にも一度くらいこんなことがあってもいいだろう。
 (藤波辰巳からWWFインターナショナル・ヘビー級王座を奪った長州力のコメント)




スポンサーサイト

テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 グアナファト Guanajuato 双子ちゃん 日本のアニメ好き

Guanajuato(グアナファト)-メキシコで最も永い一日(前編)

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)


<前回のあらすじ>
本来なら今日グアナファトを出発することにしたので、ショッピングモールで知り合いになった双子ちゃんに別れの挨拶をすべく向かったが、何と片割れの双子ちゃんBから翌日のデイトのお誘いを受けるという思いがけないイベントが発生した。
こんな機会はまずないので滞在を延長することにしたのだが……。

 


 思い起こせば、今回の交流は偶然の積み重ねだった。
 あの時、映画館が開いている時間帯にあのショッピングモールに行っていたら、レストランエリアは普通に素通りしてそのまま帰っていただろう。
 それに、彼女たちが双子じゃなかったら能動的に話しかけることはなかったわけで、たまたまあの日に二人とも同じシフトに入っていたから双子だとわかったし、もしどちらかが休んでいたら、あるいは片方は別の場所で働いていたら二人は双子だとはわからなかったはずなので、やはり話しかけることはなかっただろう。
 そしてその結果、魅惑の街・グアナファトで地元のお嬢さんとデイトである。どこぞのデブのスピリチュアルカウンセラーでもどこぞの教祖様ですら予測できなかったであろうイベントである。人生どう転ぶかわからない。

 さて、とりあえず今日は正午にPlaza de la Paz(=プラサ・デ・ラ・パス_直訳すると平和の広場)という、数日前にアップした教会の前の広場で待ち合わせていることになっている。

グアナファトの大聖堂(クリックで大きくなります)
セントロ(繁華街)の中心地にあるこの聖堂の前の広場がPlaza de la Paz



 ここはホステルのすぐ近くにあるので、午前中は時間に余裕がある。
 ネットカフェでメールをチェックしたり、ネットカフェでDREAM THEATERの超絶ライブ動画を見たり、ネットカフェでソリティア・マージャンに没頭したりして時間を潰しても、30分前には着いてしまった。単純に時間をもてあましたからというだけではないとは自覚しているが、着いてしまったものは仕方がない。
 せっかくなので、数時間前に受信した、今回の旅行を知らせていない知人による「明日新宿で○○さんと呑むけど来る?」という携帯メールに、(色々な意味で)都合が悪いからまた今度にして」と返信して更に時間を潰すことにした。

 遂に時間は正午になった。
 しかし、双子ちゃんBの姿はまだ見えない。尤も、メキシコ人はおおらかな人種なので、時間通りに来ることはまずない。

 さらに15分経過。どんよりした雲は雨雲に変わり、まばらに雨が降り出した。
 注意深く見渡してみるが、まだ双子ちゃんBの姿は見えない。まあこっちでは15分遅れは許容の範囲内なので、まだ目くじらを立ててはいけないだろう。

 そして時間は12:30。
 雨は強さを増し、さすがに傘がないと厳しいほどの雨量になってきたが、相変わらず彼女が来る気配はない。さすがに30分遅れはメキシコでも遅刻とみなされるので、ちょっと不安になってきた。
 本来ならば携帯で連絡でも取りたいところだが、あいにくぼくは彼女の携帯番号を知らないし、ぼくも現地仕様の携帯は持っていないので成す術はない。このタイミングでヘタに移動すると行き違いになりかねないので、待つしか方法はない。

 無情にも時間は刻々と経ち、気が付けば遂に時計の針は午後1時30分を指していた。
 にもかかわらずまだ彼女は来ない。雨は更に強くなり、周囲に響き渡るザーザーというオノマトペは徒にぼくの不安感を掻き立て、認めたくない事実を認めるきっかけになった。

 
 もしかしてドタキャン?
 この遠い異国でまで?
 


 さすがにこのオチは思いもよらなかった。
 とはいえ、来ないものは仕方がないので今日のデイトはなかったことにしてもいいのだが、さすがにこの状態でグアナファトを離れるのは、あまりにも後味が悪すぎる。
 なので、せめてお互いに事情を共有して、わだかまりを少しでもなくしてからここを去りたいと考えたぼくは、双子ちゃんAに双子ちゃんBの連絡先を聞くべく、あのショッピングモールに向かうことにした。

 今日に限ってなぜかタクシーがつかまらなかったので思いのほか時間がかかったが、何とかモールに到着し、レストランエリアに向かった。

 仕事中であることは重々承知ながらも、ぼくは双子ちゃんAを見つけるなり事情を説明しようとした。しかし、彼女はなぜかポカンとした表情でぼくをみた。

 双子ちゃんA:「え? 何でまだここにいるの?」
 ぼく:「どういうこと?」
 双子ちゃんA:「もう出発したんじゃなかったの?」
 ぼく:「いや、昨日双子ちゃんBと今日会う約束をしたから一日延長したんだけど」
 双子ちゃんA:「え、マジで!? 私何も聞いてないんですけど」


 ……何か面倒なことになってきてないか?
 てっきりこのことは双子ちゃんAも知っているものと思っていたので、この反応は想定外だ。


 ぼく:「で、12時に待ち合わせをしてたんだけど結局来なかったから連絡したいんだ。できれば携帯の番号教えてくれる?」
 双子ちゃんA:「んー、あの子携帯持ってないから、とりあえず自宅に電話してみるね」

 そう言うと彼女は、仕事中であるにもかかわらず自分の携帯で自宅に電話した。その間、ぼくはせめてものお礼と迷惑料として、双子ちゃんAの店でコーラを購入し、近くのテーブルで返事を待つ。

 数分後、電話を終えた彼女はテーブルまで来たものの、明らかに表情が曇っている。

 ぼく:「どうだった?」
 双子ちゃんA:「……マジヤバいかも」
 ぼく:「どういうこと? 何かあったの?」
 双子ちゃんA:「ママがチョー怒ってる」
 ぼく:「……ママが?」

 聞いてみると、ママ曰く双子ちゃんBは11時くらいに「この間知り合った日本人と会ってくる」と言って家を出たらしいのだが、ママは佐々木光太郎ばりの心配症のようで、ただでさえ内心は得体の知れない行きずりの外国人と会うことに快く思っていなかったばかりか、あまつさえ落ち合うこともできず、かわいい我が娘が一人で、人と誘惑の多いセントロで連絡の取れない状態で行方不明になっている現状にひどく狼狽し、泣きじゃくってしまったらしい。


 ……何か、スゲー厄介なことになってんじゃん! 最悪のパターンに入ってないか?

 無性に逆ギレしたくなる展開だが、どのみち双子ちゃんBは今日はオフなのでここ来る可能性はない。これ以上ここにいても進展がないので、またセントロに戻って彼女を探すことにした。はっきり言って見つかる可能性はかなり低いが、探さないことにはどうしようもない。ママも狼狽しているみたいだし。

 ……双子ちゃんBよ、君は今どこで何をしてるのだ?

<次回に続く>


テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Guanajuato グアナファト Plaza_de_la_Paz プラサ・デ・ラ・パス 双子ちゃん 佐々木光太郎 DREAM_THEATER

Guanajuato(グアナファト)-メキシコで最も永い一日(後編)

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)


<前回のあらすじ>
双子ちゃんBから思いがけないデイトのお誘いを受け、意気揚々と待ち合わせ場所に行ってみたが、待てど暮らせど彼女は来ない。
彼女の連絡先を教えてもらうべく双子ちゃんAの働いているモールまで行ってみたが、双子ちゃんAは今日のことを一切知らなかったというし、双子ちゃんBは形態を持っていないと言うし、あまつさえ家に連絡を取ってみたら心配症のママは狼狽して泣きだしたと言う。
とにかく、ここにこれ以上いても事態は進展しないので、とりあえずセントロへ戻ることにしたのだが……。

 

 さて、兎にも角にも双子ちゃんBを探さないことには始まらないので、ぼくはまたタクシーでセントロに戻った。
 タクシー運転手の、

 「おまえは日本人か? だったらゲイシャとヤッたことはあるか?」

 というこっちの気も知らないにも程があるのんきな質問に対し、

 「そんなくだらねえ話に付き合ってるヒマはねえから黙ってろ!」

 と八つ当たりしつつ対策を考えるが、この人の往来が激しいセントロでどう探せばいいのだろうか。彼女の連絡先はわからないし、彼女のよく行く場所とか行きつけのお店とかがあるのかもわからない。もっと言えば、既にセントロにはいない可能性も十分にある。 

 正直なところ、思いがけないチャンスとはいえ所詮は旅先でのイレギュラーなイベントだ。
 仮に仲良くなったところで今後も連絡を継続したり再会するとも限らない。こうなった以上は縁がなかったこととしてさっさとあきらめて、さっさとホステルで旅支度をしても問題がないといえば問題はない。
 が、結果的に彼女はせっかくの休みが無為になってしまったことも事実だし、ド心配症のママにまで迷惑をかけることになったのはまぎれもない事実だ。結果はともかく解決に向けて一応の努力はしたという意思表示はしておかないとマズいだろう。
 このままぼくの方がバックレたら、今後あの一家は他の日本人を見かける度に「地元の娘を徒にたぶらかす下劣で卑怯な民族め!」と、奇声をあげながら棒を振り回して追っ払いかねないので、今後ここを訪れるであろう日本人にも迷惑がかかるではないか。

 色々考えた結果、人探しの手段としては最も原始的で不確実な、「注意深く周囲を見ながらとにかく歩きまわる」という方法で捜索を開始することにした。こうなると頼りになるのは運だけだ。

 その後、何だかんだでけっこうな範囲をけっこうな時間をかけて歩き回ったが、そう簡単に見つかるはずはない。「もう帰ったかもしれないな」と思ったぼくは、新たな情報が入っているかもしれないと思い、またモールに行ってみた。
 双子ちゃんAはさすがにまた来るとは思っていなかったようで、ぼくの顔を見た瞬間にさっきとは違う驚いた表情を見せた。

 どうやら事態は進展したようで、双子ちゃんA曰く双子ちゃんBは既に帰宅済みらしい。
 そして、時間に来れなかったのは豪雨による交通マヒのせいで到着が大幅に遅れ、着いた頃には約束の時間をとっくに過ぎており、ぼくの姿が見えなかったから怒って帰ったものと思い込み、適当にセントロで少し時間をつぶして帰ったのだという。そして、ぼくと話ができないのはとても残念だということも言っていたらしい。

 とりあえず一安心だが、ぼくが怒っているというのは大きな誤解だ。
 作為的にスッポカしたというのならともかく、事情を考えれば仕方のないことだ。なので、今日の顛末の説明と誤解を解くために彼女の家の電話番号を聞いた。事情を理解している双子ちゃんAは快く教えてくれて、夜10時なら確実にいると言ってくれた。

 結局、目的が果たされなかった名残惜しさと、無事に家に着いたことがわかった安堵感が複雑に入り混じった心境を持ちながらモールの外に出てみると、周りは若干弱々しい光に包まれていた。もうすぐ夕暮れが近づくきそうな気配だ。ぼくはまたタクシーを拾い、セントロへ戻った。

 日が暮れる前に、ぼくはどうしても行かなければならないところがある。Pipila(=ピピラ)いうグアナファトの美しい街を一望できる展望台だ。ここはグアナファトで最も人気の高い場所と言ってもいい。

 そもそもぼくがここに来た最大の理由は、ここの夜景を目に焼き付けることだった。今夜がグアナファト最後の夜なので、今を逃さないわけにはいかない。まさかこんな精神状態で行くことになるとは思いもしなかったが。

 そのままタクシーでも行けるのだが、フアレス劇場の裏手から展望台まで直行するケーブルカーがあるので、それを利用した。

ピピラを昇るケーブルカーの線路(クリックで大きくなります)
このように急勾配をケーブルカーで昇る。


 ケーブルカーを降りた後は少し歩いて展望台へ向かった。
 そして視界には、こんな景色が広がっていた。

展望台から見たグアナファトの景色(クリックで大きくなります)
展望台から見たグアナファトの見事な景色


 ここに来たのは2度目だが、初めてこの景色を見た時はあまりの美しさに圧倒されたものだ。クオリティはあの時のままだ。

 近くにあったベンチに座り、景色を見ながら物思いに耽っていた。
 今日の顛末、これまでの旅の記憶、仕事のこと、今後の人生、「そういや、桃鉄でまだ物件買ってない都市ってどこだっけ?」など、色々なことが頭に浮かんでは、時に考え、時に悩み、時に振り返っていた。

 やがて空は徐々に暗くなり、気が付けばすっかり太陽は沈んだ。
 改めて景色を見ると、オレンジ色の光の粒が無数に灯り、ライトアップされた教会もひと際目立ち始めた。

展望台から見たグアナファトの景色(クリックで大きくなります)
展望台から見たグアナファトの見事な夜景。


 正直なところ、デートプランというほどではないが、双子ちゃんBとこの夜景を見れればなという淡い期待はあった。今となっては“たらればの話”だが、一緒にこの美しい夜景を見ていた可能性があったことを考えると、ちょっぴり切なくなった。

 そんな感じでしんみりしていたら、日本人の年配夫婦がぼくの視界に入ってきた。見た目の年の頃からして、定年とか結婚の節目のお祝いかなんかでここに来たのだろうか。
 二人も目の前に広がる夜景に圧倒されたようで、「綺麗な景色ね~~」と感動したり、デジカメで記念写真を撮ったりしていた。
 すると旦那さんは新婚の頃を思い出したのか、前ぶれなく奥さんを力いっぱい抱きしめた。奥さんも最初のうちは恥ずかしがっていたが、最終的には全身を旦那さんに預け、しばし胸元に顔をうずめて二人だけの世界に入っていった。このロマンチックな景色がそうさせたのだろう。

 まあそれは別にいいのだが、せっかくしんみりしているぼくの目の前でそのまま奥さんの尻を触りだすのはやめてくれないだろうか? 気持ちは分からなくもないが、はっきり言って調子に乗りすぎだ。

 そして時間は夜の10時。ぼくはホステル近くの公衆電話で彼女の家にかけてみた。教えてくれた番号は自宅なので、「厳格な父親が出てきたらどうしよう」的な中二以来のドキドキ感を味わいながらボタンを押す。

 数回保留音が鳴った後に「Bueno(もしもし)」という双子ちゃんBと思われる声が耳に入った。どうやら向こうもこの時間にぼくが電話するのは分かっていたようで、すぐに「Lo siento(今日はごめんね)」と申し訳なさそうなトーンで謝ってきた。
 とりあえず今日の顛末をつたないスペイン語で一通り話したところ、今日会えなかったのはとても残念だったこと、悪いのは自分でぼくに一切の非はないこと、そしてママのヒステリックは仕様のバグみたいなものだから気にする必要はないとフォローしてくれた。

 わだかまりは解けて一安心だが、やはりこのままグアナファトを去るのも何かアレなので、出発前にモールに寄って別れの挨拶をしたい旨を伝えたところ、「双子ちゃんAもその彼氏も別れの挨拶をしたいみたいだから是非来て」と言ってくれた。

 この言葉にぼくの心が軽くなった。きっと明日は気持ち良くここを出発できるだろう。

 さっきよりも晴れ晴れとした気分でホステルに戻ったら、従業員同士が入口のバーカウンターでダベっていた。
 その一人はニヤニヤした顔つきでぼくを見るなり、質問してきた。


 「なあ、こいつ(従業員の片割れ)が言ってたんだけど、日本では女性の使い古した下着が売ってるって本当か?」



 ……だから今日はそんなくだらねえ会話に付き合う気分じゃねえんだよ! とっとと失せやがれ!



 ともあれ、メキシコに来て最も永い一日はこれをもって終了した。




テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Guanajuato グアナファト 双子ちゃん Pipila ピピラ ケーブルカー 夜景

Cuernavaca(クエルナバカ)-さらばGuanajuato(グアナファト)

今回の移動
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)



 夕べは色々あってかなり疲れたが、とにもかくにも今日でグアナファトともお別れだ。荷物を整理し、適当に身支度を整えてホステルを後にする。

 さて、次の行き先は色々考えたが、 残りの日程も少ないのでもうCuernavaca(=クエルナバカ)へ戻り、帰国日までそこで過ごすことにした。空港の近くにいた方が何かと都合が良いというのもあるが、やはり帰る前に知り合い連中に顔を出した方がいいと思ったからだ。

 バスターミナルに行く前に、行かなければならないところがあった。
 あの双子ちゃんにお別れの挨拶をするため、あのショッピングモールへ立ち寄った。

 到着したときは比較的早い時間だったのでレストランエリアの店はまだオープンしていないが、あの双子ちゃんは開店準備に向けてカウンターを拭いていた。声をかけると明るい笑顔で迎えてくれた。
 今はそれほど忙しくないというので、近くのテーブルでささやかな昨日の再現をする。1時間後には忙しくなるというので時間はそれほどないが、今のぼくにはこれで十分だ。昨日の一連の顛末やグアナファトのこと、その他雑多な内容の会話に花を咲かせていた。

 正直、ぼくも健康な男の子である以上少なからず下心めいた算段は持っていたし、今後もメールなり電話なりで連絡を取り合って、あわよくばの都合の良い展開を妄想しなかったわけではないが、やっぱりぼくが彼女と妄想どおりの展開になることは事実上不可能だと、この時改めて判断した。

 やはり互いの置かれている生活環境や文化の違いもそうだが、てっきり20代前半と思っていた彼女の実年齢が、まさか18歳だったとは。 
 メキシコではお酒・タバコは18歳から許されるので法律上は未成年ではないものの、30をとっくにすごしたボンクラが平成生まれの娘をどうこうしようというのは、決して健全ではないだろう。

 何だかんだ話していたら、周囲の人数もさっきより増えてきた。それに伴ってお店の方も人手が足りなくなったようで、双子ちゃんBは店長らしき男に呼ばれた。名残惜しいが、ささやかなデイトはこれで終わりだ。

 二人に別れの挨拶をした後に、「日本の名前を私たちに付けて」と言った。知り合った記念に一つの単語でも頭に残したいのだろう。実に可愛らしいアイデアではないか。
 なので、今日本で大人気の双子にあやかってそれぞれポップコーン正一・正二と名付けようかと思ったが、この先二人にぼく以外の日本人の友人ができて、「ポップコーン正一・正二のグッズがほしい」などとリクエストしようものならその人に多大な迷惑が被るので、無難に「マナ」「カナ」と名付けてあげた。
 
 そしてぼくは改めて荷物を抱え、モールを後にし、バスターミナルへ向かった。
 ちなみにグアナファトからクエルナバカまでの直行バスはないので、一度メキシコシティの北ターミナルへ行ってからCuernavaca行きのバスに乗り換えるルートで行くことにした。


 バスに揺られ、これまでのことを振り返ってみる。

 思えば今回の交流は偶然の積み重ねだった。
 ぼくはただ暇つぶしに映画を見るためにこのモールに立ち寄っただけなのだが、たまたま行った時間にはオープンしておらず、たまたま寄ったレストランエリアで彼女たちと知り合い、ぼくが日本人ということがきっかけで仲良くなり、結局は実現しなかったがデイトという想定外にも程があるイベントにまで発展した。

 行った時間に映画館が開いていたらそのまま素通りしていただろうし、仮にレストランエリアへ行ったとしても、二人が双子ちゃんだから面白半分で話しかけたわけで、どちらかが休んでいれば、あるいは各々が別の場所で働いていたら話しかけることもなかったわけで、やはり素通りしていただろう。本来グアナファトへはただボーっとしに来ただけなのだが、まさかここまで濃い内容になるとは思いも寄らなかった。当分の間、ぼくの中ではグアナファトと言えば美しい街並みや夜景ではなく、あのショッピングモールのあの二人がアイコンになるのだろう。


 ……と、そんなことを思っていたらバスはautopista(=アウトピスタ・ハイウェイ)に入り、さっきより速度を上げて走りだした。
 しばらくたってから、バスは中途半端なところで徐々にスピードが下がり、遂にはジャンクション脇の路肩で停車した。
 すると運転手が神妙な面持ちで足早にぼくら乗客を横切り、最後部にある小さな部屋へ入っていった。このバスには後部にトイレがあるので単純に我慢できなくなったのかと思ったが、目で追った限りはトイレではなく、その横にあるスタッフオンリー的な部屋へ入っていった。 

 「もしかして緊急事態か?」

 このバスは一等だけに、設備はどれも最新で金がかかっている。本部からの無線かなんかで何らかの異常を警告されて対処している可能性もあるし、もしかしたら運転手の長年の勘と経験で、整備不良や機材トラブルを感じた可能性もなくもない。果たして停車した理由は何なのか?


 数分後、後部の部屋のドアが開き、運転手が戻ってきた。
 彼の右手には、入っていった時には持っていなかった紙コップを携えていて、中には温度の高そうな褐色の液体が入っていた。
 運転手はそれに少しずつ口をつけてはうまそうにすすり、運転席に戻っていった。


 ……単純にコーヒーが飲みたかっただけかい??


 まあ、こっちじゃ大したことじゃないんだろうけど、この国のこういう自分本位の就業姿勢は本当に何とかならんもんかね?
 こういうところが、いつまでたっても先進国の仲間入りができない理由だろうに。


 で、何だかんだで約5時間後、数週間ぶりとなるメキシコシティの北ターミナルへ帰還。
 国内最大規模のバスターミナルだけあって、相も変わらず多くの人が行き交っている。今まで訪れた場所は田舎が多かったことと、多少なりともここは知っている場所なので、何だか現実に引き戻された気分を味わった。

 さて、ここからクエルナバカ行きのバスに乗りたいのだが、扱っているバス会社の名前がどうしても思い出せない。ここは有象無象のバス会社のブースがひしめき合っているので、前回はどこで買ったかすっかり忘れてしまった。
 仕方がないので、適当なバス会社のブースに行って「クエルナバカまで頼むよ」と頼んでみることにした。仮にそこで取り扱っていなかったら、係員が「クエルナバカならあそこのブースだよ」くらいは教えてくれると思ったからだ。


 というわけで、客足が少ないことをいいことに携帯メールを堂々といじっている受付のオバサンに聞いてみた。


 「やあ、クエルナバカまで頼むよ」
 「クエルナバカ? ウチではクエルナバカ行きのバスは取り扱ってないの」
 「あ、そうなんだ。じゃあどこの会社が扱ってるのかな?」
 「……ていうか、ここからクエルナバカへ行くバスなんてないわよ」



 ……そんなはずねえよ。実際前回はここまで直行バスで来たし。
 するってえとアレか? 前回ここまで来たのはキツネの仕業か?



 そんなぼくの憤りを無視するかのようにオバサンは説明を続ける。

 「いい? クエルナバカに行きたかったら、タクシーでTasquena(=タスケーニャ)っていう南のバスターミナルまで行きなさい。クエルバカ行きのバスはそこからしか走ってないから」


 ……だから昔はそうだったかもしれないけど、今は違うんだって!

 これ以上こいつと話しても無駄なので別会社のブースで同じことをしてみたら、ビンゴのチケットをその場であっさりゲットできた。職務怠慢とはこのことである。


 そしてどうにかCuernavacaに到着。約2週間ぶりの帰還である。2週間程度では大幅に変わるわけはないが、やはりかつてはここに長期間滞在していたこともあり、何だか地元に帰ってきた気分だ。

 今夜の宿は入国初日に使った郊外のモーテルでもいいのだが、ネットで調べたらセントロに良さげなユースホステルがあるようので、さっそくタクシーの運転手にそこの住所が書かれたメモ帳を見せて向かってもらった。

 数分後、どうやら到着したようなのでそのまま降りようと思ったが、運転手が「本当にここでいいのか?」とぼくに忠告した。

 「え? どういうこと?」
 「ここはクエルナバカでもかなり危険なエリアだぞ。クスリの売人や売春婦がたくさんうろついてる場所だ。それでもここに泊るのか?」


 うーん、 2週間前にもどこかで聞いたことのあるセリフだな。
 そういえば、それを聞いた場所は偶然にもクエルナバカで、言った人の職種も偶然タクシー運転手だったような気がする
 これが巷で言う現代のおとぎ話というやつか? 

 >詳細はコチラをクリック。<


 ハッ! その手にはもう乗らないぜ! アンタの手の内は全てお見通しなんだよ!
 

 ……とも思ったが、確かにこのあたりはタクシーの中からでも怪しげな空気がビンビン伝わってくる。立地的には繁華街の少しはずれたところにあるとはいえ、まだ夜の9時にもかかわらず殆ど人は歩いてないし、近所の店は全てシャッターが下りている。おまけにすぐ近くにはパトカーが停まっているし、警官がライフルを持って突っ立っている。どことなく、『20世紀少年』の関所の近くを思わせる佇まいだ。


 「悪いことは言わない。安全で安いホテルを知ってるからそこに行こう。な?」

 これまた偶然にもどこかで体験したような手口だが、どうやら今回に関しては運転手がずるがしこいのではなく、運転手自身がすぐにでもここを離れたいようだ。実際に追加料金を要求する素振りは一切見せなかったので、今回も彼に任せよう。

 そしてまた数分後、運転手は「見ろ。あそこなら安くて安全だぞ」とホテルの看板を指差した。



  ……ここ、入国初日に使おうと思ったホテルじゃねえか!



 確かあの時は「もうつぶれた」とか「今日は満員だ」とかではなく、ただ「閉まっている」というフワフワした理由で郊外のモーテルまで半強制的に連れて行かれたが、今夜はなぜかバッチリ開いている。というか、ここはずっと営業していたと思う。

 ちなみにここはバストイレ共同のシングル一泊180ペソ(当時のレートで1400円強)。
 兎にも角にも宿の確保ができたことで良しとしよう。




テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Guanajuato グアナファト 双子ちゃん ポップコーン正一・正二 Cuernavaca クエルナバカ

Cuernavaca(クエルナバカ)-再会と再会と再会<前編>

現在位置
クエルナバカの位置(クリックで大きくなります)
(※クリックで拡大します)


グアナファト(クリックで大きくなります)
クエルナバカ(Cuernavaca)
首都・メキシコシティの南に隣接しているモレーロス州の州都。
一年中気候が良い常春の町として知られていて、近隣に住む富裕層の別荘地としても人気が高い。昔は国内でも治安の良い場所の一つだったが、近年は悪化傾向にあるとかないとか。
人口:約33万人 標高:1,510m


 兎にも角にも、約2週間ぶりのCuernavacaである。
 2週間では大きく変わることもないが、やはり最もなじみのある街だけに、他では味わうことのなかった安心感があるのは心強い。

 というか、それにしてもここは暑い。
 今まで訪れたエリアはどこも標高が高かったせいかどこも肌寒く、日中でも長袖でじゅうぶんなほどだったが、さすがここは常春だけあって半袖でないと辛い。

 とりあえず戻ってきた旨を現地在住の知人・マヌエルとルシアに連絡してみた。すると、マヌエルは今日一日予定があるので明日会うことになり、ルシアとは一緒に昼食を食べることになった。

 そういえば、入国してから数日はここで過ごしたが、散策らしい散策はしていない。次回はいつここに来れるかは全く以って未定なので、がっつりと見ておこう。

Palacio de Cortes_cuernavaca.jpg
クエルナバカの象徴的建造物・Palacio de Cortes(=コルテス宮殿)

クエルナバカの聖堂(クリックで大きくなります)
クエルナバカの聖堂

クエルナバカのソカロ(クリックで大きくなります)
クエルナバカのZocalo(=ソカロ<中心広場>)


 初めてここを訪れたのはもう10年近く前だが、あの頃と大きく変わったところはないにせよ、やはりミクロな範囲ではけっこう変わっている。地元でも有名だったバーがファストフードに変わっていたり、ネットカフェや携帯ショップが急増していたりするのは、やはり時代の流れだろう。

 その中でも個人的に最も印象的だったのは、当時セントロのド真ん中にあった「MOMIJI」という日本食レストランが潰れていたことだ。
 ここは当時の『地球の歩き方』にも載っていたほど有名だったのだが、正直ここは外国の日本食という条件を差し引いても大半の料理がクソマズで、唯一まともに食べられたのは「RAMEN」と称したしょうゆ味のサッポロ一番だったようなダメレストランだったのでむしろ潰れて当然だったのだが、思えばマヌエルともルシアともここで開かれた国際交流的なイベントで知り合い、何回かそこで食事をしたことを考えると、少々感慨深いものがある。


 ……いや、ないな。

 当時のクエルナバカにはここ以外にこれといった競合相手がいなかったから、味は二の次でも「日本料理」というだけで経営できたのだろうが、今となってはここよりもだいぶまともな同業が進出してきたことで、現地の人間にもここの料理は不味いことがバレただけの話だろう。

 何だかんだでルシアとの待ち合わせ時間になった。
 先ほどの電話では、クエルナバカ郊外にある日本食レストランで待ち合わせることになっているのでタクシーで向かうことに。運転手に教えてもらった店の名前を告げたら「ああ、あそこか」とすぐにわかったので、地元でもそれなりに有名な店なのかもしれない。
 とりあえず時間どおりには着いたものの、ルシアはなかなか来ないので先に注文をすることに。メニューを見たら寿司やてんぷら、うどん、そば等、けっこう雑多に扱っているようだ。その中で、海鮮巻き寿司みたいなやつが値段も手ごろだったのでそれを注文。それと、メニューに書かれていた「MISOSIROは味噌汁の誤植だろうと推理したので注文してみたら、ウエイターもはっきりその口で「MISOSIRO?」と発音したので、場合によっては白味噌がそのまま出てくる可能性も否定できない。

 数分後、ウエイターは注文した料理を運んできてくれた。

海鮮の巻き寿司

 中身の具はエビ天もどきとカニのすり身っぽいやつ、アボカドに瓜っぽい野菜という組み合わせ。要はカリフォルニアロールだ。因みに右上にある添えつけの漬物は、ニンジンとセロリだ。

 そして巻き寿司をテーブルに置いた後に、調味料も並べてくれた。

海鮮寿司に付いてきた調味料(クリックで大きくなります)



 ……いや、これでどうしろと?


 まさか寿司を頼んでケチャップとチリソースを出されるとは、正に青天の霹靂である。
 いくら外国にいるとはいえ、さすがにお箸の国で育った日本人である以上これらを使うことはアイデンティティの崩壊につながる。ここは「Noと言えない日本人」を返上し、日本人の魂であるせうゆを頼まなければならないだろう。

 ぼく:「あの、醤油もらえるかな?」
 ウエイター:「その赤いボトルが醤油です」
その赤いボトル

 ……だったら最初から醤油さしに移し変えろや!
 醤油さしがなかったらせめてそれっぽい器を作れ!


 因みに懸念されていた「MISOSIROは普通の味噌汁だったので一安心。味はあさげと変わらない。

 「チッ、ここのオーナーは絶対日本人じゃないな。何もわかっちゃいないんだから、まったく!」と憤りつつ適当に食べていたら、ようやくルシアがやってきた。その後は今回の旅行のことやクエルナバカの変動、昔の思い出話などを雑多に話していた。

 少し横道に逸れるが、基本的にメキシコ人は楽天的で、良くも悪くもプラス思考、何事も「何とかなる」の精神で困難を乗り越える(または回避する)人種である。聞くところによると、世界で最も自殺率の低い国はメキシコなのだそうだ。つまり、それだけ悩まずに明るく行こうと考えるお国柄だ。

 しかし彼女はこの点においてだけはメキシコ人らしくなく、極度のペシミストという面を持っている。話題が彼女の近況になるとやや雲行きが怪しくなり、グチや不満タイムになった。
 最初のうちは「給料が安い」程度の内容だったが、やがて彼女に何らかのスイッチが入ったようで、

 「これ以上ここにいてもつまらない」
 「今さらここには新しい発見もない」
 「今すぐにでもここから出たい」
 「かといって他に行くところもお金もないし、新しいところで仕事がすぐに見つかるとも限らない」
 「今の仕事もいつクビになるか分からない」
 「何もかもがつまらない」


 など、気の滅入るフレーズ連発するものだから、思わずぼくの額にも縦線が7本くらい入ってしまった


 食後、ルシアは気を取り直したのか、「今から妹の家に行ってみない?」と提案してきた。

 この妹とはルシアと知り合った頃に一度だけ会ったことがある。ガッチリ&ポッチャリ系が大半を占めるメキシコ人にしてはかなりのスレンダー型で(かといってルシアがそれに該当しているわけではないが)、ファッションセンスも他にはない独特さと洗練さがあった。今思えばアブリル・ラヴィーンを思わせるカッコよさを持っていたと記憶している。

アヴリル・ラヴィーンアヴリル・ラヴィーン(‪Avril Lavigne‬)
1984年生まれのカナダ人シンガー。2002年リリースのデビューアルバム『Let Go』は世界で大ヒットし、以降もヒット曲を連発。かつては世界で最も稼ぐ女性歌手と言われた。並行して自らファッションブランドを立ち上げており、若者のファッションリーダーとしても注目されている。自身が小柄なこともあって日本でも彼女のファッションは人気となり、アヴリルを気取るギャルも多いとか。



 しかしながら、憶測で書かせていただくと彼女からにじみ出る知性というかオーラはコートニー・ラブと同じにおいで、なお且つかなりの大酒飲み&青木雄二ばりのヘビースモーカーというやさぐれっぷりもかなり際立っていたのでぼくはかなり敬遠していたのだが、この何年かでどう変わったのを見てみたいという興味もあったので、一緒に行ってみることにした。当時は実家暮らしだったが、現在はセントロ近くのアパートに彼氏と同棲しているそうだ。

Courtney Loveコートニー・ラブ(Courtney Love)
カリフォルニア出身の女優兼シンガーだが、なんと言ってもあの伝説のオルタナバンド
「Nirvana」のボーカリストだった故・カート・コバーンの妻として有名。10代の頃はストリッパーとして日本やアイルランドで働いてたり、自身の無修正裸体画像を能動的にネットで流すなど規格外のアバズレとしてもおなじみ。




 そして妹のアパートに到着。ルシアが部屋のチャイムを鳴らすと、本人が現れた。
 特にメキシコの女性は概ね太りやすいので、年を取ったり出産するとでっぷりするケースはよくあるのだが、相変わらずスレンダーな体形を維持し、ファッションセンスもあの頃と一緒だ。もう30を過ぎているはずだが、大学生と言っても信用してしまいそうだ。

 向こうはぼくのことを覚えていたようで、ぼくを見るなり「あら、お久しぶり。元気だった?」みたいな言葉をかけてくれたが、口にチュパチャプスをくわえながら話すものだからかなり聞き取りづらいところや、ノーパン状態でローライズのデニムをルーズに履いているものだから、背を向けると常に尻の割れ目がバッチリ見えているところ「最近飼い始めた」というげっ歯類っぽいペットに躊躇無くそのチュッパチャプスを餌として与え、徒に虫歯を誘発するところも当時のイメージのままだ。

この先虫歯に悩まされるであろうげっ歯類のペット(クリックで大きくなります)
映りは悪いが、この先虫歯に悩まされるであろうげっ歯類のペット



 見た目こそ昔と同じものの、話してみると明らかに酒とタバコのせいで声色は以前にも増してハスキーボイスになっており、招かれたリビングのテーブルには当たり前のように飲みかけのウイスキーのボトルと吸い殻がこんもりたまった灰皿が置かれ、隣の寝室では上半身の殆どがトライバル柄タトゥーで染まっている彼氏が半裸姿でテレビを見ているという、これ以上ないやさぐっれぷりを堪能してくれた。
 彼女には申し訳ないが、この人は煮しめた風邪薬の製造・販売業務で生計を立てているのかな? と思いきや、十年選手のコックさんというのだから、人は見かけによらないものだ。

 その後は3人で適当にくっちゃべっていたのだが、妹が言っていた「Quiero ir a Cancun(=カンクン<国内最大のリゾート地>に行きたい」以外はまったく記憶にないほど薄い会話をしていたら、ルシアは別件で帰宅、妹はこれから仕事というのでその場で解散した。

 さて、別れたはいいが時間はまだ夕方だ。ホテルに戻るにはまだ早いが、かといって時間を潰すアイデアも浮かばない。
 とりあえずソカロのベンチに座り、このエアポケットからどう抜けようかと思っていたら、後方からぼくと名前と同じ発音が聞こえてきた。

 振り向いてみると、そこには見覚えのある顔があるではないか。

 「久しぶりだな。いつメキシコに来たんだ?」

 そう言って握手を求めてきた男は、マヌエルやルシア同様ここで知り合ったネイティブの友人の一人、ホルヘだった。もうだいぶ前から音信は途絶えていたので今回の旅行は彼には告げなかったが、まさかこんな形で再会するとは。

 <次回へ続く>




テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 クエルナバカ Cuernavaca Palacio_de_Cortes コルテス宮殿 アヴリル・ラヴィーン コートニー・ラブ 青木雄二

Cuernavaca(クエルナバカ)-再会と再会と再会 <後編>

現在位置
クエルナバカの位置(クリックで大きくなります)



<前回のあらすじ>
クエルナバカで旧友に会い、その後あまり面識の無かった旧友の妹の家に行った。それなりにそこで時間を過ごすも、双方の都合により夕方でそこを後にすることとなった。中途半端な時間をどう過ごそうかとベンチに腰をかけていたら、今や音信の途絶えた別の旧友と偶然に出くわしたのだった。


「おー、久しぶりだな。いつメキシコに来たんだ?」

そう言ってぼくに右手を差し出すこの男は、ぼくがここの語学学校にいた時に知り合ったJorge(=ホルヘ)だった。

 当時彼はクエルナバカの日本語学校で日本語を勉強していて、そこの講師の紹介で知り合ったのだが、滞在中もけっこう良くしてくれたし、ぼくが日本に戻った後も新婚旅行で東京に来たのでガイドを買って出たことがあった。
 その後もしばらく連絡は取り合っていたのだが、ホルヘの仕事が忙しくなったり子供が生まれたりしたらすっかり落ち着いてしまったようで、いつしか途絶えてしまったのだ。なので、今回の旅行では彼に会うことは一切考えていなかっただけに、正に偶然の出会いというやつである。

 とりあえずその場では立ち話的に今までのいきさつを簡単に話したのだが、「ヒマだったらウチで夕食でも食べてくか?」ということになったので、「よっしゃ、これで時間が潰れる上にタダメシにありつける!」と判断したぼくはすぐさまタクシーを拾った。

 因みに彼の家はかなりの金持ちである。
 これはクエルナバカだけの話なのかメキシコ全土の話なのかは分からないが、路線バスの経営権利を買うとけっこうな確率で悠々自適の生活が送れるらしい。尤も、買うといっても単価は新築マンション1部屋に相当する額らしいし、経営である以上は常に利益を求めないと借金が増えてしまうので相応の経営努力も必要だが、彼のお父さんはだいぶ前にそれを買った結果、クエルナバカでも有数のお金持ちエリアに豪邸を建てた。
 彼の家には何回か行ったことがあるが、庭の広さはスライスエッグを乗せたリッツでもてなす程度のパーティができるほどだし、いくつかの新車にすべり台付きのプールもある。
 もちろん建坪数もそれなりで、リビングは平気で30畳くらいあるし、全ての寝室には大きなダブルベッドとバス・トイレ・テレビ付き。リビングの棚には高そうな酒がいっぱい置いてあったり、メキシコでは高価とされているテレビゲームのハードがいっぱい置いてあったことを憶えている。

 こう書くと彼のナリは、白馬の王子様あるいは某大御所女優の次男みたいなドラ息子を勝手に浮かべてしまいがちだが、どちらかと言うとサモア出身の元力士みたいな40間近のおっさんである。

 というわけで久々にホルヘの家に到着。
 門を開けると、日本のプロレス界の裏部分で暗躍したユセフ・トルコ似のお父さんが庭の手入れをしていた。

ユセフ・トルコユセフ・トルコ
トルコ人の両親を持つ樺太出身の日本人。若かりし頃のジャイアント馬場・アントニオ猪木を育てた元レスラー兼レフェリー。日本プロレスの草創期を知る数少ない生き証人。相当な武闘派で、きな臭い武勇伝は数知れず。齢80を超えてもなお血気盛んで、丸くなった様子はない。油断すると話がすぐシモの方向に行く。





 ぼくの姿を見るや、「おお、久しぶりだな。元気でやっていたか?」と握手を求めてきた。もう永いこと会っていないのにぼくを覚えてくれていたのは確かに嬉しいが、せめて握手する前に泥だらけの手を洗っていただけないでしょうか

 結果的にぼくが手を洗う破目になりつつも、リビングに案内されると愛川欽也似のお母さんがキッチンで慌しく働いていた。
 こちらもぼくを見るなり、

 「あらま、久しぶりじゃない。いつここに来たの? まったく、一体誰かと思ったわよ、ハッハッハッハ……」

 と、一体何が面白いのか分からないが、とにかく歓迎してくれているようだ。

 そういえば、彼の子供の姿が見つからない。
 風の便りによると、幼稚園児の男の子が二人いてとてもかわいいと聞いている。

 「二人はオレの弟の家に遊びに行ってるよ。もうすぐ帰ってくると思うよ」

 この一家はかなりの大家族な上にファミリーの絆がとても強いので、親戚の数も多いし各々の行き来もかなり激しい。
 ぼくがここに来た時も、やれ姉一家や弟一家がひっきりなしに出入りしていたので食事はいつも賑やかだったし、しょっちゅう大所帯が集まっては庭でホームパーティを開いたり、誰かの家に総出で行っては誕生日パーティを行っていた。なので、同世代の遊び相手がいない実家にいるよりはいとこのお兄ちゃんと遊んでいたいのだろう。

 あ、そうだ。
 そういえばホルヘの奥さんもいないじゃないか。

 彼女はスペイン系の白人で、人懐っこい笑顔を絶やさない癒し系の女性だ。知り合った当時はまだ20代前半だったが、今はすっかりヒマを持て余した白金高輪のセレブ妻に変わっているだろう。
 
 「奥さんもその弟の家に行ってるの?」
 何気なく聞いてみたのだが、なぜかホルヘは複雑な表情を浮かべた。まるで、「ああ、やっぱりそれ聞いちゃう?」とでも言いたげな顔だ。
 
 「実は…、彼女はもうここにはいないんだ」
 「ここにいない?……、まさか、もうこの世にいないってこと?」
 「いや、実は数年前に離婚したんだ」


 ……マジかよ!
 確か結婚したのが9年前だから、結婚生活は実質6~7年だけか?


 何でも、結婚生活の始まりから長男が生まれた頃までは主婦業も育児もしっかりこなし、良い奥さんとして尽くしてくれていたようだが、二男が産まれたあたりから様子がおかしくなったらしい。
 次第に、「私の友だちや同世代の子はまだ遊びまくっているというのに、私だけ子育てや家事にあくせくするのは理不尽だ」という理不尽極まりない理由で育児放棄をするようになり、一人で勝手に外出することが多くなったそうだ。それを察知したホルヘは説得を試みるもうまくは行かず、これ以上一緒にいても双方メリットはないという結論に至り、両者同意の下、離婚を決意したという。
 そして離婚後も一悶着あったようで、そんな身勝手な理由で離婚したくせに一丁前に親権を主張したものだからホルヘ一家がブチきれ、最終的には裁判にまで発展してようやく法的に子どもたちを取り戻すことが出来たらしい。

 そして彼女は現在何をしているかというと、メキシコシティで偶然知り合ったイギリス人男性と恋に落ち、今はロンドンで暮らしているのだそうだ。

 うーん、どちらかというと離婚の経緯よりも、彼女の男運と行動力の方がすごいな。
 

 ホルヘは子供たちのためにも早く再婚したいようだが、やはりなかなか良い出会いはないようだ。

 「次は子ども好きの人と結婚した方がいいんじゃない?」
 「そうだな。それにオレは若い子が好みだから、20歳くらいで子ども好きの女と知り合えればいいけどな」


 いくら金持ちだからって40近いおっさんがぜいたく言ってんじゃねーよ! 
 ていうか、オマエ全然懲りてねーな!


 と、そんな話していたら、ホルヘの弟一家と共に小さな二人の男の子がかなりのテンションで走ってきた。これがホルヘの息子たちだろう。

 写真がないから伝わりづらいが、君たちは確かにイケメンだ。このままいけばそれなりに彼女に不自由しない人生を送れるだろう。
 が、肌の色といい髪の色といい立派にお母さんの血を受け継いじゃったな
 でもくじけるんじゃないよ。人は辛いことを乗り越えて成長するんだからね。尤もおじさんは辛いことを乗り越えるのが嫌になって後先考えずにここに来ちゃったけど。


 そしてこの日は何だかんだで、ホルヘ一家とその弟一家含めて10人近い人数での食事になった。
 メインディッシュはもう忘れたが、とりあえずこの食事だけで2リットルのコーラスプライトファンタオレンジを飲み干し、デザートには大量のドーナツが出た。因みにこのボリュームはぼくが来たからではなく、ここのデフォルトらしい。


 そして食後は夕涼みを兼ねて、庭のテーブルで雑談する。
 この一家は大の格闘技好きで、今度のUFC(アメリカの総合格闘技団体)の大会がどうだとかマニー・パッキャオ(フィリピンの名ボクサー)がどうとかいう話題になった。
 するとホルヘの弟が、

「そういえばゲンキ・スドウは今何やってるんだ?」と聞いてきた。もちろん、あの須藤元気のことだろう。

須藤元気須藤元気
1978年生まれの元格闘家。対戦相手を撹乱する変幻自在のスタイルと、柔術・レスリングをベースとしたグラウンドテクニックを持つ。キャリアの始まりがパンクラスということもあってか、他の格闘家よりも客の反応や会場の盛り上がりを意識していた選手だった気もする。2006年に引退した後は、タレントや作家としても活躍。






 「よくは知らないけど、今は引退してスピリチュアルとか精神世界について色々語ってるみたい」と言ったら、なぜか二人は腹を抱えて爆笑していた。失敬だぞ

 因みにホルヘの子どもたちは、最初のうちは初めて見るであろう外人にオドオドしていたが、時間が経つにつれて心の壁も薄くなったようでだんだんと打ち解けてくれるようになった。

 しまいには満面の笑みでぼくに質問した。

 「おじさんはフライドウ○コとチ○コバーガーだったらどっちが好き?」

 いやー、君たちは子どもスピリッツ全開だね!

 やっぱりどこの国でも子どもは下ネタに夢中なんだなと思いつつ過ごしていたら、時間も時間になったのでぼくはホルヘの家を後にした。想定外のイベントにしては実に実りある時間だった。



 そして遂に、明日が実質メキシコ最後の日だ。


テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Cuernavaca クエルナバカ 愛川欽也 須藤元気 ユセフ・トルコ

Cuernavaca(クエルナバカ)-最後の再会

現在位置
クエルナバカの位置(クリックで大きくなります)



 さて、時が経つのは早いもので、今日が実質メキシコ最後の日だ。

 実質というのは、明日の朝7時に出る飛行機に乗らなくてはならず、搭乗手続きのために朝5時までには空港にいなければならないからだ。
 クエルナバカからメキシコシティ国際空港までバスで100分はかかるので、明日は遅くても朝の3時半にはここを出なければならないのだが、それはその時間に空港行きのバスが運行していればの話だ。なかったら今夜中にメキシコシティにいなければ帰れないので、今朝は最初にバスターミナルで時間を確かめることにした。

 余談だが、少なくともぼくが訪れたことのあるクエルナバカ以外の都市にはバスターミナルが一つしかなく、そこにあらゆるバス会社が乗り入れているのだが、なぜかクエルナバカはバス会社ごとにターミナルを分けているのでターミナルが複数ある。当然ながら会社ごとに行ける場所は異なるので、行き先ごとに違うターミナルに行かなければならないのが面倒くさい。
 で、空港行きのバスは「Pullman de Morelos(=プルマン・デ・モレーロス)」という会社しか扱っていないのだが、この会社のターミナルは二つあり、かつ空港行きのバスはセントロから離れた「Casino de la Cerba(=カシノ・デ・ラ・セルバ)」というターミナルからしか発着していないので、面倒だが路線バスで行くことにした。

Pullman de Morelosのバス(クリックで若干大きくなります)Pullman de Morelos(プルマン・デ・モレーロス)
クエルナバカ及びモレーロス州で絶大な知名度と人気を誇るバス会社。運行範囲はクエルナバカを含めたモレーロス州全般、首都のメキシコシティ、メキシコシティ国際空港、お隣のゲレーロ州など。特にメキシコシティ行きのバスは毎時数十分おきに運行しているので、「シティに行くならPullman」というくらい定着している。





 そして約10分後にターミナルに到着。早速受付で聞いてみる。

 ぼく:「おはようさん、明日の5時までに空港に行きたいんだけど、朝の3時半くらいに出発するバスは……」
 受付:「(さえぎるように)ありません。始発は3時50分です」



 ……わざわざ10分かけて来たのに用事は10秒で終了した。
 
 尤も2時間前というのはあくまでも目安だし、夜明け前なら渋滞もないだろうから始発のバスでも問題ないとは思うのだが、そこは日本人の悲しい性だ。「念には念を」「何かあったら困る」「トーキョーの本社に電話する」というステレオタイプな発想が頭を支配したので、今夜はメキシコシティのホテルに泊まることにした。

 仕方がないので再びセントロへ戻り、土産物をここでまとめて買うことにした。
 セントロにある民芸品売場で手作りの民芸品やブランケット、革製財布などを買って一度ホテルに戻ろうとしたとき、国旗を売っている露店が目に入った。

 ちょうどこの時期はメキシコの独立記念日が近かったこともあり、行った先々でこうした露店はあった。聞くところによるとその日は一年で最も盛り上がる日の一つで、全国でフィエスタや関連イベントが大々的に行われる国民的行事らしい。
 是非ともこの目でその喧噪を見てみたいものだが、独立記念日は明後日というのが実に皮肉だ。渡航前に判明していればそれ相応の日程を組んでいたが、日本で航空券を買った直後に判明したものだから、我ながら計画性と情報のなさが憎い。

 売り物のラインナップを見てみると、お子様ランチレベルの国旗からフレディ・マーキュリーがライブで身に纏いそうな大きさのものまで揃っていた。


これくらいの大きさ
一番大きいのでこれくらいの大きさ



 できれば大き目の旗を買いたいのだが、一つだけ困ったことがある。
 それは旗竿の長さだ。立てるとゆうに2m以上はあるではないか。

 ぼくは別に応援団ではないので旗さえあればいいのだが、売り子のおっさん曰く「別売りはやっていない」けんもほろろだったので、旗竿も持っていかざるを得ない。

 とりあえず大き目の国旗は買ったのだが、運ぶ際に旗は棒に巻きつけるから良いとしても、2mの竿を持って街を歩くのはなぜか異様に恥ずかしい。某ネズミの国で売っている耳をあしらったカチューシャを帰りの電車でも付けてる女子大生くらい恥ずかしい。いっそのこと恥ずかしまぎれに振り回しながら歩いたら、愛国心の強いメキシコ人たちがデモか革命と勘違いしてぞろぞろと付いてくるのではないだろうか。

 とりあえずホテルに戻り買ったものをしこたまキャリーバッグに詰め込むが、当然旗竿は入らない。というか、ハナから入れる気はない。なので、これは従業員のサプライズチップとして備え付けのタンスの下の隙間に隠しておくことにした。洗濯竿に使うとか香港のアクションスターをマネるとか、呑み込んで身長を伸ばすとか、用途はいろいろあるだろう。

 さて、兎にも角にもこれで荷造りは完了。
 ホテルをチェックアウトして向かった先は、Jiutepec(=ヒウテペク)という、クエルナバカの隣町だ。入国前半に会った友人のマヌエルがそこに住んでいて、昼食をお呼ばれしているのだ。実質メキシコでの最後のイベントとなるだろう。

 <因みに前回会った時の顛末はコチラの後半コチラ

 そしてタクシーで向かうこと約30分、待ち合わせ場所であるJitepecのZocalo(=ソカロ-広場)に到着。少し遅れてしまったが、まだ彼は来ていないようなのでベンチに腰をかける。
 すると遠くの方から、何やら子どもの声が聞こえてくる。しかも「コンニチワー!」と、片言の日本語を叫んでいるようだ。振り返ってみると、少し遠くのベンチに学校帰りと思われる小学生の集団がぼくを凝視していて、キャッキャ騒いでいるではないか。

 どうやら彼らは遠目でぼくを日本人と想定し、知っている日本語を言ったら反応するかどうかを試しているようだ。さすがに彼らも、こんな辺鄙なところでアジア人を見掛けるとは思わなかったのだろう。
 なおもしつこく「コンニチワー!」を連呼しているが、はっきり言って彼らにしてみればぼくは珍しい動物でしかないので、シカトすることにした。

 そしてマヌエルが娘のイヴァナちゃんを連れてやって来た。再会は約2週間ぶりなので特に変わっている気配はないが、相変わらずイヴァナちゃんも落ち着きなく終始ジタバタしている。
とりあえずはそのまま彼の家へ行くことに。何でも今日は、奥さんのディアナさんの母国であるウルグアイの家庭料理を作ってくれるらしい。

 そして彼の家に到着し、中に入るとテーブルには既に料理が並べられていた。彼女の故郷であるウルグアイの首都・モンテビデオは海沿いにあるのでてっきり魚料理かと思ったが、皿に盛られていたのは香草とオイルがかかっている牛肉のステーキだった。このあたりはお隣のアルゼンチンの影響が大きいのだろうか。

 彼女の料理に舌鼓を打ちつつこれまでの旅行のことを話していると、イヴァナちゃんが子供向けのテレビを見ながら踊り出した。イヴァナちゃんはかなり活発な子のようで、満面の笑顔でとび跳ねたりクルクル回っている。昼下がりに幸せな一家のひと時を共有するというのも、まったりとしていてなかなかいいものだ。ある意味メキシコ最後のイベントにふさわしいではないか。

 食後もとりとめのない話をしていたのだが、いつしか内容は深い方向へ行き、「外国人がメキシコに住むことの難しさ」というテーマになった。

 実を言うとぼくはこの旅行の間に、メキシコで働く機会に恵まれていた。
 尤も、結局は諸々の事情で立ち消えになったので今も日本に留まっているが、この時点では一度日本に戻ってメキシコで働く準備をしてから、すぐにメキシコへ戻ることをこと計画してしたので彼らに報告したのだが、その際に奥さんのディアナさんがこのテーマについてエピソードを話してくれた。

 前述の通り彼女はモンテビデオ出身のウルグアイ人なのだが、母国語が同じスペイン語で文化的にも民族的にもかなり共通点の多いであろう彼女さえも、メキシコでの生活でカルチャーショックを受けることが多いらしい。同じスペイン語といっても単語によっては発音や意味もかなり違うので通じないことも多々あるようだし、同じラテン系の国だからといって風習やメンタリティが全てにおいて共通しているわけではない。極論を言えば、近所の売店で牛乳を買うだけでも文化の違いに悩むことがあるそうだ。

 彼女ですらそうなのだから、常識も風習も言語も違いすぎる日本人ならなおさらのことだ。彼女は「外国に住むのであれば相当の覚悟と許容が必要だ」ということを言いたかったのだろう。
 確かに、いくらメキシコが好きだから住んでみたいと思っても、それは旅行をしたら居心地が良かったからというのが大きいだけで、同じ景色でも旅行者と労働者では見え方が違ってくるのも当然だ。
 ぼくもそのあたりは頭で理解していたつもりだったし、その手の苦労話や失敗談は現地在住の日本人からもいろいろ聞いていたが、こういう意見は他とは違う説得力というかリアリティがあるのは確かだ。

 それを踏まえて、話はさらに深い方向へ進む。

 この二人は、マヌエルが数年前に自転車で南米大陸を縦断していたときに経由したウルグアイで知り合ったのが縁で結婚したのだが、結婚当初はお金の面でかなり苦労したそうだ。

 ディアナさんは結婚を決意してからメキシコへ行く準備を進めたものの、貧乏ではないにせよ裕福というわけではない彼女は片道の航空券代を捻出するだけでも大変だったらしく、当時住んでいたアパートを引き払い、売れるものはそれこそ着古したブラウスまで売り払ってようやく片道の航空券分のお金を集め、メキシコへ向かったのだそうだ。

 一方マヌエルも、大がかりの旅行をした直後だけに経済的余裕も定職もなく、当時の所持金では新居である現在のアパートの家賃を数カ月分払うだけで精一杯だった。
 そんなものだから、二人の生活はほんのわずかなお金とたった二つの椅子からスタートしたという。
 
 しかしそんな状況にめげる二人ではない。

 テーブルや棚といった家具類はどこかで材料を見つけては自分たちで作って徐々に増やした。その出来映えを買われて近所の人からも家具の製作を頼まれたらしく、それによって小遣い程度ながらも収入は増えていった。
 その一方で、どこかで売れそうなものを見つけてネットオークションに出品したところ、こちらでも相応の収入のアテができた。
 そんな生活をしながらもマヌエルは待遇の良い定職を見つけることができたため、最近になってようやく人並みの生活ができるまでになったらしい。

 尤も、今でも決して裕福ではないので贅沢はできないことには変わりはない。携帯電話もDVDレコーダーもハイビジョンテレビも持っていないし、贅沢品といえばせいぜい14インチの旧型テレビと数年落ちのノートPC、年季の入った中古車くらいだ。
 しかし二人は今の生活環境で不自由は感じていないと言うし、ましてやイヴァナちゃんというかわいい娘が産まれたのだから、これ以上の幸せを望むと神様に怒られる、そう言って二人はほほ笑んだ。



 ……だから何で君たちはそんなにステキ過ぎなのかね?



 もっと人間臭いエピソードはないの? 
 飛行機代を捻出するのにちょっとだけ危ない橋を渡ったとか工事現場に落ちてた銅線をちょいとばかり鉄クズ屋に横流ししたとかさ?


 とまあ、そんな深い話に耳を傾けていたら外の景色がだいぶ赤くなってきた。安全な旅をすべく日が暮れる前にはメキシコシティに着いていたいので、ここいらで出発するとしよう。
 幸いにもすぐ近くにある小さなバスターミナルからメキシコシティ行きのバスが定期的に出ているというので、そこまで見送ってもらった。

 しばらく待っていたら、メキシコシティ行きのバスが見えた。これでクエルナバカともお別れだ。
 イヴァナちゃんに別れのキスをしてもらいつつバスに乗る。彼らは出発するまで待ってくれていて、バスが見えなくなるまで手を振ってくれた。

 バスに揺られながら、ぼくの心はだんだんと憂鬱になっていった。
 遂にメキシコの旅行が終わってしまったという名残惜しさではなく、もっと別の理由で精神が落ちて行くのが自分でもわかる。

 兎にも角にも、次の場所は今回のメキシコ旅行の最終目的地・首都のメキシコシティである。

<次回に続く>





テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Cuernavaca クエルナバカ Mexico_City メキシコシティ フレディ・マーキュリー ウルグアイ Pullman_de_Morelos プルマン・デ・モレーロス

Mexico city(メキシコシティ)_最後の夜

現在位置
メキシコシティの位置(クリックで大きくなります)

zocalo
メキシコシティ(Distrito Federal、D.F.)
メキシコの首都。ラテンアメリカはおろかスペイン語圏を含めても最大規模を誇る大都会。見どころは多数。通称D.F(デー・エフェ)人口:約860万人 標高:2,200m



 本来ならクエルナバカからなら1時間で着くが、渋滞に巻き込まれたこともあって到着したのは2時間後。その頃にはすっかり夜になっていた。

 バスから降りた瞬間、ぼくの心は憂鬱になった。
 遂にメキシコの旅行が終わってしまったという名残惜しさではなく、“メキシコシティが苦手”であるということと、“メキシコシティでタクシーに乗らざるを得ない”ということに対しての憂鬱である。

 まず“メキシコシティが苦手”に関してだが、はっきり言ってぼくはココとの相性があまり良くない。
 大都会だからと言ってしまえばそれまでだが、基本的にここは治安が悪く、過去に地下鉄で財布を盗まれたりボッタクリにあったり、通行人から理由なき因縁をつけられて苦々しい思いをしたりなど、行くたびに何かしら心がささくれ立つことが頻発している。そのせいか、何だかここにいるだけでただただ不安になってしまうので、ここにはあまり良いイメージはないのだ。

 
 そして“メキシコシティでタクシーに乗らざるを得ない”だが、ここのタクシーは全国的に評判が悪すぎる。
 他の都市の同業者はもちろんのこと、シティの住民ですら口を揃えて「メキシコシティのドライバーはクソだ」と罵倒するくらいである。

メキシコシティの
メキシコシティのタクシー。
都心ではどこにいても必ず視界に入るほど走りまくっている。
因みに現在のタクシーのボディカラーは全て茶色に変わっている


 その要因はいくつかあるのだが、まずはドライバーの運転マナーが非常に悪い。といっても基本的にメキシコのタクシーはどこもマナーは悪いのだが、シティのタクシーはその中でもズバ抜けて悪い。

 こいつらの業務姿勢は基本がドライブの延長なので、“お客様を安全に目的地まで運ぶ”という概念がない。そのくせ、一日に一人でも多くの客を乗せないと収入に響くみたいなので、入り組んだ都会の道をカーチェイスのように猛スピードで駆け抜けるし、わずかな隙間を見つけようものなら平気で割り込むし、少しでも渋滞に巻き込まれたらクラクションを鳴らしまくるし、ドライバーによっては平気でビールをラッパ飲みしながら運転するクソ野郎もいるので、乗り心地も悪ければ心臓にも悪い。
 

 また、メキシコシティではタクシー強盗が横行しているという安全面の事情もある。

 これはタクシーを襲う強盗が多いのではなく、強盗が運転手になりすまして乗客を脅して金品を巻き上げるという手法だ。手持ちの金や荷物だけを奪うばかりか、最悪のケースでは自分がハンドルを握っているのをいいことに人里離れた山奥まで拉致し、銀行でクレジットカードの限度額まで引き落とすまで監禁するという歌舞伎町の雑居ビルのスナックばりに悪質な手口もあるらしい。
 特に流しのタクシーはかなり危険とされていて、どうしても乗りたければ、近くのホテルとかレストランに行って手配をお願いしてもらうか、自分で電話なりで手配したタクシーに乗ることが推奨されているほどだ。不用意に流しを利用することは、ゴルゴ13との約束を故意に破るくらい危険な行為らしい。

 というわけで、ぼくがこれまでクエルナバカ-メキシコシティ間の移動は極力直行バスを利用したのは、交通費の問題よりもこれらの事情で乗りたくなかったからだ。

 因みに余談だが、前にここで知り合った自称メキシコ大好きの日本人バックパッカーとこの話題になって、「シティのタクシーって怖いよね」というようなことを言ったら、

 「いやいや、あれを受け入れてこそが“メキシコを知る”ってことじゃん! その程度のことを嫌ってたら真のメキシコ通とは言えないよ?」

 と真顔で返されたが、
 「いや、別にメキシコ通と言われなくても何ら問題はないですが?」と思ったと同時に、「ああ、この人は良い人だけど何か気持ち悪いな」と思ったことを思い出したので書いてみた。


 しかし、こんな夜に外人が大荷物を持って路線バスに乗ることは徒歩でサファリパークを散策するくらい危険なので、今回ばかりは乗らないわけにはいかない。
 とはいえ、ターミナルに乗り入れているタクシーは構内のチケット売り場でタクシーチケットを買わないと乗れないシステムなので、安全性ではいくらかはましである。今回利用するつもりのホテルまでのチケットを買い(計算は半径○km毎にいくらという方法)、前に並んでいるタクシーに乗り込んだ。

 
 大きい荷物をトランクに入れて後部座席に座るなり、運転手は、

 「Echaste pata con una chica mexicana?」

 と聞いてきた。

 たしかEchaste pataとは「性交をする」という意味のスラング(二人称過去形)で、要約すると「=お前はメヒコの若い女とヤッたか?」となる。外人の旅行者に対して会話の冒頭からエロスラングを躊躇なく炸裂する時点で、こいつらの民度がわかりそうなものだ。


 その後も会話は続く。

 「いや、別にヤッてないけど……」

 「何でだ? お前はメヒコの女が嫌いか?」

 「そういうわけじゃないけど…」

 「じゃあ試してみろ! メヒコの女はmuy caliente(=ムイ・カリエンテ-ベリーホット)だぞ」

 「ふーん、そうなんだ」

 「そしてmuy sabrosa(=ムイ・サブローサ-ベリー・デリシャス)だ」

 「言い回しが少々露骨ですが、さいですか

 「よし、この足でCasa de Cita(=カサ・デ・シータ_売春宿)へ行くか?」

 「いいよ、そんな金ないし」

 「心配するな。俺の知ってるところは大して高くないし、若くて綺麗な娘がいっぱいいるぞ」

 「いや、値段の問題じゃないんで。ていうか、こんな大荷物抱えてそんなところに行く気もないですし

 「じゃあナンパしたらどうだ? 運が良けりゃタダでできるぞ」

 「だからいいって!」

 (信号待ちで)お、見ろ、ちょうどそこの交差点に若い女がいるぞ」

 「それがどうした? 若い女はどこにでもいるだろ?」

 「あのデカいケツ見てみろよ。たまんねーな、オイ」

 「……ていうか、何でオマエの方が立場が上なんだよ?」

 「ところでFarmacia(=ファルマシア_ドラッグストア)に立ち寄らなくてもいいのか?」

 「何だよ、唐突に?」

 「condón(=コンドン_避妊具)を買うために決まってるだろ?」

 「決まってねえよ!」

 sin condón(=シン・コンドン_ナマ)でヤッてSIDA(=シダ_エイズ)にでもなったら大変だぞ

 「そもそも、何でさっきから勝手に一人で盛り上がってんの? 」

 「さっきから何なんだ? Casa de Citaは行きたくない、ナンパもしたくない。だったらどうしたいっていうんだ?」

 「ホテルで休みたいに決まってんだろ!?」

 「……もしかして、お前はホモか?」



 ……ヴァーーーーーーー! いい加減にしろよ、この出歯亀ドライバー! いいからさっさとホテルに向かえ!


 結論から言えば、物理的な被害もなくボッタクられることもなく、運転マナーもまあ常識の範囲内のまま無事にホテルに着いたが、精神衛生面がかなりアレだったので、やはりシティのタクシーにはなじめない。

 そして夜の9時過ぎくらいにホテルに到着したが、基本的にぼくはここに偏見を持っていて、夜に一人でメキシコシティに出歩くともれなく誰かに殺されると思い込んでいるので、一度チェックインをしてしまえば翌朝まで外に出ることはない
 だから今回は多少値が張ってでもあえてレストラン付きのホテルを選んだし、事前にお菓子もジュースもタバコも買ってある。
 まあメキシコ最後の夜の過ごし方としてはとてもわびしくなくもないが、そこは、明日は朝4時30分に出ないといけないからということにしておこう。


 兎にも角にもこれで今回の旅行は今日で終り。
 明日は機上の人になるが、日本に直行するわけではない。

 ぼくにはまだ行かなくてはならないところがあるのだ。


テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

tag : メキシコ旅行記 Cuernavaca クエルナバカ Mexico_City メキシコシティ タクシー Casa_de_Cita

<番外編>San Francisco(サンフランシスコ)旅行記#1-「チャ、チャイニーズめ!」

今回の移動
カリフォルニアの地図(クリックで大きくなります)



ユニオンスクエア サンフランシスコ San_Francisco Union_Square
San Fransisco(サンフランシスコ)
アメリカはカリフォルニア州の北に位置する都市で、西海岸屈指の世界都市。観光地としても人気で、ゴールデンゲートブリッジとかアルカトラズ島などが有名。NFLの49ersやNLBのジャイアンツ、NBAウォリアーズの本拠地としてもおなじみ。人口約805,000人。



 メキシコシティ最後の夜をホテルでひっそりと過ごしたわけだが、今朝は7時の飛行機に乗らなくてはいけないため、朝5時までにメキシコシティ国際空港にいないといけない。
 昨夜フロントに聞いてみたら、このホテルから空港まではタクシーで30分くらいというので、4時30分には出なければならない。
 そして時間にロビーに行ったら、手配してもらったタクシーはスタンバっていたのでそのまま乗る。本当にこれでメキシコとはおさらばだ。

 名残を惜しみつつ、タクシーから外の景色を覗いてみる。
 大都会のメキシコシティも夜明け前ではさすがに車も人の通りはかなり少なく、どの道路もガラガラだ。朝から晩まで慢性的な渋滞に悩まされ、絶え間なくクラクションやエンジン音が鳴り響いている場所とは思えない静けさが窓越しに伝わってくる。

 そして、ガラガラの道路とドライバーの酔狂な運転の甲斐あって、所要30分のはずがわずか10分で空港に到着。いくら道路が空いてるからといっても話が違いすぎだ。

 それにしてもまだ朝の5時前だというのに、空港には人が多い。
 大きなトランクを転がしている旅行者、カフェでコーヒーを飲みながらノートPCを広げているビジネスマン、足早に目の前を横切る航空会社の従業員、搭乗ゲート前で別れを惜しむ家族、床をモップで拭いている清掃員など、有象無象の人がそれぞれの目的を持ってここにいる。空港でこういう光景を見ると、「ああ、人の数だけ人生があるのだな」と思っわずにはいられない。

 さて、予定より大幅に早く来たせいか搭乗手続きもスムーズに進んだため、よりヒマを持て余す時間が増えてしまった。とりあえずは最後の晩餐として腹ごしらえをするとしよう。
 ここはやはりメキシコの国民食であるタコスでシメるのが真っ当だろう。構内にタコスショップを発見したので、そこで売っていたチョリソ(辛口ソーセージの中身)を食んでみる。

メキシコ最後の晩餐(クリックで大きくなります)
最後の晩餐となったTacos de Chorizo(=タコス・デ・チョリソ<辛口ソーセージの中身>)。ここぞとばかりに玉ねぎのみじん切り、トマトのみじん切り、ライム汁、チリソースをたっぷりかける。今思えばかける前に撮れば良かった。



 その後も適当に時間をつぶしていたら時間になったので搭乗ゲートへ向かう。

 とりあえずメキシコはもう最後だが、このまま日本に直行するわけではない。
 実は日本に帰る前に、経由地であるサンフランシスコで2泊するのだ。言ってみればオマケの旅行である。

 しかし、サンフランシスコにあたってはいくつか問題がある。

 まず、そこには誰も知り合いが住んでいないこと
 いくら観光地とはいえ、まったく土地勘がない大都市を誰にも頼れることなく一人で行動するというのはそれなりの覚悟は必要だ。


 そして、実はあまりサンフランシスコのことを知らないことだ。
 そもそもは購入した航空券は「経由地で数泊しても即日乗換でも値段は一緒」というだけで2泊くらいしてみようと思ったのだが、よくよく考えるとゴールデンゲートブリッジとかアルカトラズ刑務所とかがあるらしいということや、アメリカの人気アニメ『SOUTH PARK』によると、ハイブリッドカーに乗ることがエコだと思っているエセエコロジストが住んでいる場所、そしてクエルナバカでお世話になった友人のマヌエル曰く「ゲイしか住んでいない街」という知識しかない。

(『Southpark』の出典に関しては、英語がわかる方ならコチラを参照)

 さらに致命的なのは、大して英語が話せない上に英語の辞書を持ってきていないことだ。
 全く分からないというわけではないが、高校以来まともに勉強した記憶がないので語学力は心もとない。とはいえ、サンフランシスコにもラテン系移民は多いというし、有名な観光地ゆえに日本人に出くわす機会もメキシコに比べれば圧倒的に多いだろう。なのでそれに賭けるか、時と次第によっては場面で乗り切るしかない。

 まあそれでも行ったら行ったで何かしらあるだろうし、逆に言えばこういう時でないと一生行かないような場所だから、できる限りはっちゃけようではないか。


 そして4時間後に飛行機はサンフランシスコ国際空港に着陸。時差もあって現地の時間は確か朝の9時である。

 そういえば乗った飛行機は小型機な上にけっこう空席が目立っていたので、入国審査の列はガラガラだった。
 手招きでぼくを呼んだ入国管理官は、明らかに中国系。さすがアメリカで最大規模のチャイナタウンがある都市だ。ここはチャッチャと終わってほしいところだ。

 パスポートを見せたり指紋を登録したり写真を撮られたりした後に入国目的とか滞在期間を聞いてくるのは当たり前だが、なぜかこの入国審査官の質問はそれだけにとどまらない。メキシコから来たことがわかると、メキシコの滞在期間はもちろんのこと、向こうでの過ごし方とかスペイン語の習得具合など、余計なお世話としかいえない質問を根掘り葉掘り聞いてくる。しかしよくよく考えてみると、メキシコ人の不法入国が社会問題となっているアメリカでは仕方のないことなのだろう。

 そしてやりとりは佳境に入った。
 入:「で、Youの仕事は?」
 ぼく:「(厳密には違うけど面倒だから)Employeeですが」

 こう答えたら管理官の顔色が変わった。

 入:「そういうことを聞いてんじゃねえ。そんなこと言ったら俺もEmployeeになっちまうだろ?」

 ぼく:「…はあ」
 入:「kind of businessを聞いてんの!」

 メンドクセーと思いつつ、
 「……じゃあデザインの仕事ということで」

 と答えるとヤツは目を輝かせて、

 入:「Youはデザイナーか? 何のデザインやってるんだ?」
 ぼく:「(厳密には違うけど面倒だから)グラフィックかな」
 入:「Really? じゃあもういいぞ。Have a nice trip」

 とりあえず入国審査は無事完了したが、何故デザインが決定打になったのだろうか

 ちなみに上記のやり取りはすべて英語だったのだが、どうやらぼくの語学力でも何とかなりそうだな。半分くらいは聞き流してたけど。


 荷物をピックアップしたら、一服がてら外に出る。
 いやー、それにしてもSFは日差しが強い
 メキシコも日差しは強かったが、それとは違う種類のUVが肌を刺激する。それでいて空気はかなり乾燥しているから、陽気はかなりカラッとしているではないか。

 さて、まずはここからホテルに向かわなければならないのだが、さすがに土地勘も語学も心もとないSFで行き当たりばったりの宿探しはできるはずはないので、出発前にユニオンスクエアとかいうダウンタウンのホテルを予約済みである。
 で、空港からはいくつかの交通手段があるようだが、どうやら「シャトル」という乗合タクシーはドア・トゥ・ドアでホテルまで送ってくれるらしく、値段も20ドル以下なので今回はシャトルを利用するとしよう。


 とりあえず案内所に相談し、何とかシャトル乗り場らしき場所を発見。
 ウロウロしているとまた中国系らしき小柄なおっさんに呼び止められた。どうやらこの人がシャトルの運転手のようだ。早速ホテルの住所を見せると、「OK, Come on」ということになったので、荷物をトランクに入れてすぐに乗るよう促された。

 とりあえず後部座席に座ったが、シャトルの場合は定員数分の乗客が集まるまでは出発しないのでドライバーはまだ他の客を待っている。しかしなかなか客が来る気配はなく、しばし車内には沈黙が漂った。
 この空気に業を煮やしたのか、彼は英語でぼくに話しかけてきた。

 運:「You はジャパニーズか?」
 ぼく:「……そうだけど」
 運:「そうか、実は俺もジャパニーズだ」
 ぼく:「……ふーん、そうなんだ」
 運:「……」
 ぼく:「……」
 運:「ハッハッハ、冗談だよ。 俺はチャイニーズだ」


 そんなの最初っからわかってんだよ!
 そのメガネ・出っ歯・のっぺりフェイスの3連コンボはどう見てもTHE・チャイニーズだろうが?
 ついでだから教えてやるけどな、日本人は海外で日本人に話しかけるときはほぼ100%の確率で「日本の方ですか?」って言うのが暗黙のルールなんだよ!

 そんなブルシットなジョークでかなり機嫌が悪くなったものの、今なお他の乗客は来そうにない。その後もしばらく待っていたが、ドライバーはここでこれ以上待ってても仕方がないと判断したのか、ぼくを乗せたまま国内線の方のシャトル乗り場へ移動した。結果的にこの判断は正しく、乗り場に着いて10分もしないうちにネイティブの乗客が次々とやってきた。さすがはベテランだ。

 車内も満員になってきたのでもう出発してもよさそうなものだが、ドライバーはさっきから携帯で仕事仲間と大声で連絡を取り合っている。しかも英語が大して分からないぼくでもわかるほど強い中国訛りなものだから、乗っている他の客もちょっと失笑している。
 まあそれは別にいいのだが、彼と顔つきが近いからと言って全員でぼくの顔を覗きこむのはやめていだけないだろうか。アンタ方には区別がつかないかもしれないだろうが、ぼくはヤツの同胞ではないし同類ではないのだよ。


 そしてシャトルは空港を出発。しばらく走るとハイウェイに入っていった。
 ここでぼくはのどが渇いたので手持ちの水でも飲もうかと思ったが、何らかのアクシデントで隣のオバサンに水をこぼそうものなら、後に訴訟で5000万ドルくらいブンどられかねないのでやめた。こういう心配が頭をよぎるのもアメリカならではだろう。

 さらにしばらく走ると、シャトルはハイウェイを降りて市街地に向かった。
 このあたりになると人口密度もかなり高まり、高層ビルや高級ホテル、有名なアパレルショップなどが待ちいったいに軒を連ねている。恐らくユニオンスクエアももうすぐだろう。

 そう思っていたらシャトルはどうやらユニオンスクエアに入り、その一角の道路脇で停まった。
 するとドライバーは「You」とぼくを指差した。どうやらホテルに着いたようだ。トランクから荷物を降ろしてからお金を払うとシャトルは颯爽と走り出し、あっという間に視界から消えた。

 ともあれ遂にサンフランシスコに着いたわけだが、一つだけ気にかかることがある。


 ……さて、予約したホテルはどこでしょう?


 この町並み、この雑沓、この通行人の数は確かに『地球の歩き方・サンフランシスコ編』で見たユニオンスクエアだ。しかし、周囲を見渡しても予約したホテルの看板が見当たらないではないか。


 仕方がないのですぐ近くにあったホテルのフロントに道を聞いてみる。

 「エクスキューズミー、アイムルッキンフォー○○ホテル」
 「ああ、そのホテルはもう1ブロック先だね」
 「サンキュー、サー」


 フロントの言うとおり1ブロック先まで歩いてみたら、本当にホテルの看板が見えた。



 ……あの、クソチャイニーズドライバーが!
 中途半端な場所で降ろしてんじゃねーよ!



 サンフランスシスコもメキシコ同様、のっけからケチがついてしまったが、これからどうなることやら。




テーマ : アメリカ旅行
ジャンル : 旅行

tag : サンフランシスコ旅行記 サンフランシスコ San_Francisco サンフランシスコ国際空港 ユニオンスクエア Union_Square Tacos_de_Chorizo タコス・デ・チョリソ

スポンサードリンク
ブログランキング



宜しければクリックを
お願いいたします。
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
プロフィール

800ランプ

Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

最近のトラックバック
amazon
スポンサードリンク
リンク
タグクラウド

RSSフィード
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。