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San Miguel de Allende(サン・ミゲル・デ・アジェンデ)-お料理教室再開。 ユースホステルのひとびと #04

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 メキシコで働きたがっている4人の日本人が、ファミレスの角の席で何やらディスカッションをしている。聞けば、彼らは訴訟の準備をしているところだという。
 訴訟の相手は、メキシコでマージャン牌を製造・販売している韓国の企業だ。訴訟理由は、マージャン雑誌の欄外にある「この手だと何を切る?」だけで採用を決めるのは、マージャンがわからない人を軽視していて不公平だという。



 ……今朝はそんな夢で目が覚めた

 昨日一悶着はあったが、問題は解決したので今日もクッキングスクールへ向かう。

 本日のメニューは2つ。
 まずはPozole(=ポソレ)という料理。豚ガラベースのスープに大粒のホワイトコーン、ダシをとったほぐし済みの豚肉、レタス、赤カブなどをブチ込むというとてもヘルシーな料理だ。


ポソレ
Pozore(=ポソレ)
今回作ったのはプレーンだが、赤のチリスープバージョンと緑のチリスープバージョンもある。ポソレにおいては、Tostada(トスターダ)と呼ばれるカリカリに焼いた(揚げた?)トルティーヤと一緒に食べるのが一般的。



 そしてもう一つは、Ensalada de Nopales(=エンサラダ・デ・ノパレス)
 これは、塩茹でした食用のウチワサボテンをメインにしたサラダである。


ensalada de nopales(サボテンのサラダ)
Ensalada de nopales(エンサラダ・デ・ノパレス)
サボテンベースのサラダ。茹でたサボテンの食感は茎わかめみたいにシャクシャクしていて、噛み切ると少しヌトッとなるのが個人的にはたまらない。




 早速、講師のアドバイスとレシピに従って、作業開始だ。

 前回はぼくも含めて生徒が5人いたので作業中も常に賑やかだったが、今日はマンツーマンということもあるので、沈黙と会話が交差することになった。たとえ二人でも賑々しく作業してもいいのだが、話題はできるだけ小出し小出しにしておいた方がいい。なぜなら、今日の時点でたくさん話してしまうと明日には話すことがなくなり、更に沈黙が続くばかりか、「日本では燃えるごみの日は何曜日なの?」といった不毛な会話を余儀なくされる恐れがあるからだ。尤も、メキシコに「燃えるゴミの日」という概念があるのかどうかは知らないが




 数時間後に両方とも完成。早速二人で試食タイムだ。
 講師のアドバイスとレシピ通りに作ったので、そりゃあ美味いに決まっている
 しかし、豚肉やホワイトコーンのモソモソと感は想像以上に口の中の水分を吸収するため、飲み込むのにかなり時間がかかる上、ホワイトコーンは腹にたまるので、すぐにお腹いっぱいになる。食べ切れなかったので残りをタッパーに入れてもらい、晩飯に利用することにした。

 さて、そろそろ帰ろうかと思ったら、講師はぼくを呼び止めた。
 何でも、これから彼女の妹さんが今からここに来るらしいので、できれば会ってやってほしいというのだ。
 講師の年齢から考えてもお見合いの話ではないのは明らかだが、はて?

 理由を聞いてみると、何でも妹さんは過去に仕事で日本に住んでいたことがあるらしく、その際に日本人のホスピタリティや人柄にいたく感動し、以来大の親日家なのだそうだ。
 そして昨日講師が妹さんと世間話をしていたときにたまたま自分のスクールの話題になり、現在日本人が通っていることを伝えたら、是非とも直接会って敬意を表したいと言って聞かなくなったそうだ。しかも妹さんは仕事でもうすぐメキシコを発たなければいけないので、今日でなければいけないらしい。

 …なるほど。確かに理由はわかった。
 しかし、個人的にはその人から敬意を表される覚えはまったくないのだが、そこまで日本のことを好きでいてくれるのは、同じ日本人として嬉しいではないか。ここはぼくがサムライブルーの一員として、ありがたく受けておこう。

 そして30分後、その妹さんが到着した。
 挨拶もそこそこに、

 「ワタシ、ニホンジンダイスキデス。コレハ、アナタニプレゼントデス」

 と、封筒を渡してくれた。
 
 日本人のメンタリティを少なからず知っているということなので、「だったらこの中に入っているのはお金だな!」と確信したが、開けてみたら、ラテンチックなチョーカー、メキシコを代表する画家・Frida Khalo(=フリーダ・カーロ)の肖像画が描かれたマッチ箱、シリコン製の腕輪だった。ぼくも日本語で「ありがとうございます」とお辞儀をしてありがたく受け取った。


フリーダ・カーロFrida Kahlo(フリーダ・カーロ)
メキシコの現代絵画を代表する画家。若い頃に事故に巻き込まれて重傷を負ったり、同じくメキシコを代表する画家・Diego Rivera(=ディエゴ・リベラ)と結婚してもうまくいかずにイサム・ノグチと浮気したり、リベラと離婚したり、晩年は右足の切断を余儀なくされたりと、波乱万丈な人生を送る。メキシコシティにある生家は現在博物館になっており、人気の観光スポットの一つになっている。2002年には彼女の人生を描いた映画『Frida』が公開された。
1907年7月6日生まれ。1954年7月13日没。



 その後しばしご歓談。
 何でも妹さんは通訳の仕事をしているそうなのだが、英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・ポルトガル語といったスペイン語と同系列の言語はコンプリートでカバーしているばかりか、日本語もバッチリ、その上アラビア語まで対応しているという、かなりマルチなお方だ。しかも現在はレバノンに住んでいるというらしい。

 そして日本で仕事をしていた時は荻窪に住んでいて、主にテレビ局の仕事を請け負っていたようで、オリンピックとかワールドカップといったグローバルなスポーツイベントの通訳兼コーディネーターの仕事をしていたという。

 うーん、三好鉄生ではないが、世の中にはすっごい人がいるもんだ

 更に、彼女には通訳以外にもメキシコ国内では“ホテル経営者”というもう一つの顔があるようだ。

 これに関しては単純に私腹を肥やすためではなく、通訳で稼いだお金で高級ホテルを建て、それを増資・拡大することで人員を雇用し、微力ながらメキシコの失業問題を少しでも解消するためという、とてつもなく崇高な目的で行なっているというのだ。はっきり言って、とても耳が痛い

 そしてその際にそのホテルのカードとリーフレットを渡されたのだが、彼女曰く、何でも日本人の客は日本人というだけで宿泊料は無料らしい。サービス的にはかなり偏り過ぎている感があるが、そういうことはもっと早く言ってもらわないと。そうすればメキシコの観光ビザで滞在できる180日間を、全てここで過ごしていたのに!

 別れ際に、「コンドニホンヘイクノデ、ソノトキマタアイマショウ」と言ってくれたが、そんな人がわざわざ一般庶民のぼくと会うメリットがあるようには思えないのだが。


 兎にも角にも、図らずも思いがけない出会いを堪能した後、ホステルに戻った。
 今日のPC占拠者は例のミシガン女ではなく、4人しかいないくせに日本の女友だちが25人いるといって聞かない例のメキシコ人男性(通称:マナブ君)だった。何やらSKYPEでPCの向こう側の人とディベートしている。
 そんな彼を尻目に、ぼくはすぐ近くにある掲示板に貼られていたメキシコ各地のユースホステルの情報をチェックしていた。基本的に今回の旅は着の身着のままだし、滞在期間までビッチリ予定が詰まっているわけではないので、要は今後に向けての情報収集のためだ。

 メモ帳によさげなホステルの住所とか電話番号をメモっていたら、マナブ君に呼び止められた。
 「ンモー、またタバコせびられ?」と思ったが、ぼくが今履いている短パンがとってもステキすぎるので、是非とも売ってほしいと言い出した。 

 因みに短パンといっても八分丈だが、ひざ下はファスナーで着脱が可能というスグレモノ。何せ、下々の庶民ではまず手の出せないあのユニクロ製なのだから、彼が気に入るのも無理はない。
 実際、これとは別に海パン兼用の短パンも持っているのでちょっと上乗せした額で売ってもかまわないのだが、機能と履き心地はこっちの方が断然優れているので、売るのは惜しい。帰国が3日後とかなら間違いなく売っていたのだが、まだ中盤だし。

 やんわりと拒否すると彼はあっさり引き下がったが、実はデザインが気に入ったからじゃなくてブルセラ趣味だったらどうしよう?と若干不安にもなった。


 それから数時間後、再びマナブ君に呼び止められた。
 何でも、今夜近くにある別のユースホステルでFiesta(=フィエスタ・パーティとか飲み会)があるから、ぜひ来てほしいとのことだった。


<次回へ続く>


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San Miguel de Allende(サン・ミゲル・デ・アジェンデ)-フィエスタに行ってみたヤア!ヤア!ヤア!

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<前回のあらすじ>
ユースホステルの別の宿泊客・通称マナブ君に声をかけられた(名前の由来はコチラの後半を参照)
てっきりタバコをせびられるのかと思ったら、何でも今夜近くの別のユースホステルでFiesta(=フィエスタ・パーティ又は飲み会)が行なわれるのだという。
 


 あくまで私見だが、ユースホステルを利用する客のタイプは、大きく分けて2つある。

 一つは、経費削減を優先するタイプ。
 基本的にユースホステルは相部屋が前提なので、宿泊料が安い。それに、どこのホステルも共用キッチンが完備されているので、近所の市場やスーパーで食材を買えば自炊もできる。つまり、宿泊費だけでなく食費も節約できるというメリットがある。

 そしてもう一つは、新しい出会いを求めるタイプだ。
 ホステルはキッチンに限らず共用スペースが多いので、客同士が顔を合わせる機会が一般のホテルより圧倒的に多い。
 しかもタイプ1のように、ホステルを利用する客層の大半はお金のない若者とか世界を放浪するバックパッカーなので客同士の共通点が多く、打ち解けやすいという面もある。それこそ旅の情報交換などは容易にできるだろうし、人によっては意気投合して同行するケースもあるだろう。
 その上、利用客の国籍も実に多彩だ。少なくともこの時点で日本人、メキシコ人、アメリカ人、イタリア人が同じ屋根の下にいるわけだから、見聞を広めるという点では絶好の場でもある。

 マナブ君は「色々な人と出会えるチャンスだぜ!」みたいなことを言っていたので、きっと彼はタイプ2の方なのだろう。ぼくは100%「タイプ1」に所属するケースなので、はっきり言ってしまえばあまり触手は伸びない。

 とりあえず「考えておく」日本人ならではのあいまいな返事でお茶を濁したものの、さて、どうしたものか。


 それに、過去にも似たようなイベントに参加したことがあるので、大まかな内容は想像できる。

 最初は自己紹介を兼ねてビールとかワインで親睦を深め、互いの出身地のことやメキシコのことを語り合ったりするだろう。
 それに、ユースホステルの主な客層は欧米人であることが予想される。相応にして彼らは騒ぐこととお酒を飲むことが好きなので、時間が経てばおのずと会場は乱痴気騒ぎになるだろう。

 更に、この手のイベントに音楽は欠かせないので、終始ノリのいいラテン音楽あたりを大音量でガンガンかかっていることだろう。最初のうちは音楽に耳を傾けながら歓談に花を咲かせるが、宴もたけなわになると誰かが音楽に合わせてダンスを踊り出し、連鎖反応的に踊る人も増え、気がつけばちょっとしたダンスパーティに早変わることも考えられる。

 そして夜の1時とか2時くらいでお開きになり、

 「こうして一つの場所に色々な国から色々な人が集まって語り合うなんて、出会いって本当にステキだね。人生は一期一会だね」

 とかいうしゃらくせえ感想で終わるに決まってるのだ。

 それに、ぼくは生まれながらにこんな性格なので、むしろ参加してはいけない気もする。
 なので、別に行かなくても良かったのだが、怖いもの見たさで“どれだけしゃらくさいか”を見てみたい気にもなったので、行ってみることにした。




 そして、夜。
 開催場所のユースホステルに入ると既にフィエスタが始まっていたようで、早くも賑やかな声が聞こえてくる。客層は予想通り欧米人が大半を占めているようで、フランス語や英語が行き交っている。

 案内された広場にはテーブルとイスが並べられていて、宿泊者が作ったらしい料理や山盛りのチーズ、スナック菓子が大皿に盛られ、それらの隙間にワイン・ビール・ウィスキーが所狭しに置かれていた。

 適当な席に座ると、右隣に若干年上と思われる男性が座っていた。聞いてみると彼はここの従業員で、SMAに来る前に経由したQueretaro(=ケレタロ)出身だという。
 この時点ではケレタロは後の旅行先の候補に入っていたので色々情報を聞いてみたのだが、どうもこいつはぼくなんかよりも向かいに座っている女性が気になっているようで、かなり上の空だ。案の定、彼は沈黙の一瞬の隙を突いて彼女に話しかけたため、当分はぼくに発言権はなさそうだ

 ふと左隣を見たら、学生らしき白人女性が座っていた。聞いてみると彼女はフランス人でトゥールーズから来たという。
 とはいえ、トゥールーズに関しての知識は皆無な上に、ぼくが日本人だといっても彼女はノーリアクションだったので、話が一向に膨らまない。というか、彼女はあからさまにぼくには興味がないようだし、もっと言えばぼくもフランス人には何ら興味がないので、膨らむはずがない。何か、あまり思い出したくない学生時代の合コンの一幕を髣髴とさせる展開だ。

 そうこうしていたら、どうやらフランス語もそこそこしゃべれるらしいマナブ君がわざわざフランス語で口を挟みに来た。右隣のケレタロ君はさっきよりも本格的に女性と談笑しているので、早速自分の居場所がなくなった

 所在無げにポテチをつまんでいたら、誰かがラジカセを持ち出して大音量で音楽をかけ始めた。
 どうやらメキシコでは有名な曲のようで、最初のうちはラテン音楽通の誰かが、「これは有名なサルサだ」とか「これはマカレナだな」といちいち解説して皆で聞き入っていたのだが、3曲目くらいになるとウズウズしたのか、マナブ君が席を立ち、

 「皆で踊ろうぜ!」

 と言い出して広場のスペースで得意げに踊りだした。
 すると彼は前述のフランス女の手をとって、

 「キミも踊るかい?」

 と、誘い出した。
 フランス女もまんざらではなさそうで、

 「あんまり自信ないけど、うまく踊れるかしら?」

 みたいな顔で席を立ち、リズムに合わせて軽快なステップで踊りだした。
 
 そしてそれに呼応して別の何人かが立ちあがり、思いのままに踊りだした……。



 ……イヤーーーー! 思ってた以上にしゃらくせーーーー!!!




 さすがにこれ以上この場にいるのはリアルに耐え切れなくなったので、ぼくはもう帰ることにした。夜の9時始まりで夜の9時45分に帰るのはかなり早いかもしれないだが、仕方のないことだ。
 むしろ、わざわざ参加者に帰る旨を伝えたどころか、

 「悪いけど明日の準備があるから」

 と、とってつけたような理由も入れているだけましな方だ。10年前だったら絶対に黙ってそのまま帰っていたのだから。

 逃げるように通常のホステルに戻ったが、明日の準備といっても今日着た服をバッグに入れて、風呂上がりに着る衣類を出すだけなので、しばらく中庭のロビーでプロレス中継を見てから寝た。

 こんな日々を過ごしたSMAも、明日でお別れである。




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San Miguel de Allende(サン・ミゲル・デ・アジェンデ)-お料理教室最終回と、ユースホステルのひとびと #05

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 色々あったサン・ミゲル・デ・アジェンデの滞在も今日で終わり。ということで、クッキングスクールも今日が最終日だ。
 
 今日作ったのは、Paella(=パエリア)である。
 ナニユエこれを作ることになったかというと、ちょうどこの頃は日本食が恋しくなっていた時期で、特に米に飢えていた。
 メキシコ料理における米の役割はあくまでもおかずで、さすがにメインディッシュにはならないものの日本食で言う切干大根とかひじきみたく、たいていの料理のサイドディッシュに添えられるのだが、“米をたらふく食いたい”という欲があったので相談したところ、パエリアを勧められたわけだ。
 因みにパエリアはメキシコ料理ではなくスペイン料理だが、場所によってはメキシコでも普通に食べられないこともないらしい。

 で、できれば魚介類たっぷりのパエリアが食べたかった作りたかったのだが、ここは内陸に位置しているので魚介類があまり手に入りづらく、仮に入ったとしても値段も高くて鮮度もイマイチというので、鶏肉メインのバージョンになった。そして、講師曰く“サフランは手に入れていない”というので、市販のトマトピューレを使うことになった。


パエリア(※イメージです)
※イメージです


 完成したら毎回講師と平らげるのだが、実に美味い。だってレシピ通りに作ったから。
 そして、久々の食べる米に感動しつつも、久々に食べると腹が膨れるスピードが通常より早い。ぼくのシャツの裾はあっという間にヘソの上までめくれ上がった。

 そんなこんなでクッキングスクールもこれにて修了。一悶着はあったが、今日まで通った甲斐があったというものだ。
 名残を惜しみつつ、別れの挨拶をしてスクールを後にしようとしたその時だ。講師はまた簡易照明とビデオカメラを取り出した。

 「この間撮ったビデオだけど、ちゃんと撮れてなかったからもう一度コメントしてくれる?」

 そういえば初日に「このスクールのHPにアップしたいから」という理由でコメントしたんだっけ。因みにこのスクールに通ったことのある日本人はぼくが2人目みたいなので、

 「どうせ日本人はほとんど来ないんだから、いっそのこと卑猥なセリフでも言ってやろうか」

 というイタズラ心が一瞬頭に浮かんだが、ぼくももういい大人なので普通にコメントした。

 つつがなく収録が終わった後、講師は言った。
 「私は日本語が分からないから昨日来た妹(マルチの通訳兼ホテル女王)に字幕を付けてもらって、HPにアップするわ」

 あぶねー。
 危うく後を濁しまくって立つところだった! ビバ(すばらしい)、自分の機転!



 さて、この時点でSMAでの目的は完遂したわけだが、ここを去るまでにはまだ少々時間がある。
 なので、既にチェックアウトはしたものの、従業員の好意でしばらくの間中庭のロビーで時間を潰せることになった。

 SMAお惜しみつつきれいに手入れされた中庭を眺めていたら、数日前に見かけた謎の老人がやってきた。移動スピードがかなり危なっかしく、ASIMOみたいな歩き方でゆっくりと近づいてくる。比較的若い人間が利用しがちなユースホステルにおいて、かなり異例の年齢だ。

 正に「よっこらしょ」と言わんばかりにすぐ近くの椅子に座るとぼくに目を合わせ、
 「ハロー。俺はスーパーマンだ。なぜなら名前がクラークだからな。ガッハッハ」
 と豪快に笑いながら握手を求めてきた。笑ったときに見せた口の中には、ほとんど歯がなかった

 何か面白そうだったので話しかけてみたら、この老人はフィラデルフィア出身のアメリカ人で、年は何と80歳という。お隣とはいえその年齢でメキシコまで海外旅行、しかも一人旅だなんてかなり元気なおじいさんではないか。

 会話は英語とスペイン語のチャンポンだったので全てを理解できたわけではないが、概ね以下の内容と記憶している。

 何でもこの老人は今は残りの人生を満喫すべく、一人で世界各地を旅行しているところだという。メキシコに来る前はヨーロッパを中心に旅行していたようで、メキシコ国内も既にけっこうな場所を周ったらしい。で、やはり海外旅行にはそれなりの費用がかかるので、こうして安いユースホステルを利用して旅費を節約しているとのこと。
 その他にも、「サンディエゴに息子夫婦が住んでいる」「イタリアは良いところだった」「トーキョーには是非とも行ってみたい」という話をしていた。

 そしてこのおじいさんはかなり健康志向のようで、こんなことを言っていた。

 「ワシはもうトシだから今さら肉を食べたいとは思わないし、魚もそれほど好きじゃない。今のワシには野菜とフルーツで充分だ。何たって、それらを切って皿に乗せればもう完成だ。それに酒はとっくの昔にやめたから、飲み物はミルクと水で十分だ。調理も簡単で安上がりな上にヘルシーだなんて、こんなに素晴らしいことはないだろ?」

 さすが人生を達観した人間が言うと、実に説得力がある食事論だ。しかも個人的に好感が持てたのは、誰かの受け売りや情報煽動によるものではなく、自分で考えた上での結論で菜食主義を貫いているというところだ。正に名前の通りスーパーマンではないか。こんな老人は日本にもなかなかいないだろう。

 その後もおじいさんの話に耳を傾けていたのだが、ちょっとタバコが吸いたくなった。こんな健康志向の持ち主の前で吸うのは申し訳ないなと思いつつも、「ちょっとタバコ吸っていいですか?」と聞いてみた。

 すると意外にもおじいさんは、

 「君はタバコを吸うのか? ワシも吸うからライターを貸してくれないか?」と言ってきた。

 何だ、食生活はヘルシーでもタバコは別か。むしろその方が人間臭くて好感が持てるではないか。おじいさんはポケットからむき出しのタバコを1本、テーブルに置いた。

 見たところ、それはフィルターのない両切りで巻き方も雑だったので、いわゆる自分で巻くタイプの手巻きタバコだろう。日本では馴染みは薄いが、欧米ではけっこう定着しているスタイルだ。こういうアイテムは、若僧のぼくよりもおじいさんくらい貫禄のある人の方がしっくりくる。タバコに火を付けると、おじいさんは力いっぱい煙を吸いこんだ。しかし火の点き具合が悪いようで、吸うたびにライターをカチカチ点けている。

 ……いや、待てよ。
 よく見るとこれはタバコじゃないな。吸い方然り火の点き方然り……。



 ……ジジイ、それマリファナじゃねーか!



 さっきまでの尊敬を返せ!!! すぐ返せ!!! というか、こっちも吸いたいからまずはライターを返せ!!!

 そんなこんなで、出発の時間がやってきた。
 別れ際に「トーキョーでマリファナは手に入るか?」と聞かれたので、「ジャパンでもイリーガルだけど、多分ロッポンギというところだったら簡単に手に入るはず」と教えてホステルを後にした。

 次の場所はメキシコ中央部、San Luis Potoshi(=サン・ルイス・ポトシ)である。




テーマ : メキシコ
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San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ)-ガイドブックに載っていない場所へ行った理由(わけ)

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サン・ルイス・ポトシサン・ルイス・ポトシ(San Luis Potosi)
メキシコの中央部にあるSan Luis Potosi州の州都。豊富な銀の採掘や穀物の栽培により、
スペイン植民地時代のメキシコ経済を支えた町らしい。
メキシコの中心地にあるため、国内ならどこへ行くにもけっこう近い。
人口:約68万人、面積:約385km2、標高:1,850m






 国内でおなじみのガイドブック・『地球の歩き方・メキシコ編』は国内の殆どのエリアを網羅しているが、このサン・ルイス・ポトシ(以下SLP)の情報は一切載っていない。せいぜい、巻末にくっついているメキシコ全土の地図に名前が載っているくらいである。

 
 にもかかわらずナニユエそこに向かったかというと、それなりの事情はある。

 渡航前の計画段階では、先日行った北部の都市・Monterrey(=モンテレイ)からSan miguel de Allende(=サン・ミゲル・デ・アジェンデ-以下SMA)へは陸路で行こうと思っていたのだが、ノンストップで行くには移動時間が尋常ではなさそうだったので、手頃な中継地点はないものかと地図を見ながら悩んでいた。
 すると、かなりSMA寄りではあるがSLPが手頃だと判断したので情報を得ようとしたのだが、前述の通り『地球の歩き方』には載っていないし、ネットで調べても大した情報は見つからなかったので、とある『親日家のラテン系が集まるBBS』で情報提供を呼びかけたことがあった。
 すると、SLP在住の親日家の方から「おいでませ、SLPへ」という旨の反応があり、現地の画像やアクセス方法を大量に送ってくれたのだ。

 結局は空路でSMAまで行ったが、その後もその人とはメールでやり取りは続いていて、送ってくれたSLPの風景画像を見た限りではけっこう美しい町のようだし、アクセス面でもメキシコ中央部に位置するだけあって、首都のメキシコシティへ5時間程度で行けるばかりか、他に行ってみようと思っている都市までも大して遠くないことがわかったので、ちょっと立ち寄ってみようと思ったのだ。

 そして、マリファナ中毒の不良老人(アメリカン・バッドアス)と適当に会話した後、厳密に言えば金曜の夕方にSLPへ向かった。

 しかしそう決意したものの、多少の不安があったのも事実だった。

 まず、この人とはメールやチャットでそれなりに会話を交わしているが、特に写真の要求はしなかったので、相手の顔を知らないことだ。この時点では、相手は親日家の女性で歳もほぼ同世代ということしかわかっていない。
 とりあえずSLPのバスターミナルで待ち合わせることになっているのだが、「胸にバラを挿している」とか「今週号のスピリッツを手に持っている」などの約束事はかわしていないので、落ち合えない可能性は十二分にある。
 しかし、SLPは『地球の歩き方』ですら載っていない場所なのだから、外国人の観光客、ましてや日本人は相当目立つことが予想されるので、顔がわからなくてもきっと向こうがぼくを見つけてくれるだろう。

 それよりも不安なのが、チャットやメールで判断した上での彼女の性格だった。

 まだ知り合って間もない頃に「SLPへ行く」という旨を伝えたときは、「だったらSLPを案内する」とか「安いホテルを調べておく」という程度のもてなしを約束してくれたので、「ああ、この人は悪い人ではなさそうだな」と思ったのだが、相変わらず互いに顔も素性もわかっていない段階でありながら、「平日にしか来れないようだったら仕事を休む」とか、「私の実家に泊まれば宿代と食費が浮く」という提案を出すようになり、しまいには冗談とは思えないテンションで「ああ、今すぐアナタに会いたくて仕事が手につかない」とまで言い出してきたので、ちょっと怖くもなった
 尤も向こうからすれば、ただでさえ観光客が訪れないであろうSLPに、わざわざ大好きな日本から日本人がやって来るということに期待しているのだろうから、まあ無用な心配だとはわかっているのだが。




 そして、夜も9時過ぎにSLPに到着。
 ガイドブックに載っていない町の割にはバスターミナルはかなり広く、多くのバスが停車している。また、週末の夜だからか、行きかう人の数も多い。約束どおりの時間に着いたとはいえ、こんな雑踏で先方はぼくを見つけてくれるだろうか。

 とりあえずターミナルの外で一服していると、背後から「あなたが800ランプ?」と声をかけられた。どうやらこの人が本人らしい。挨拶もそこそこにとりあえずタクシーをつかまえ、セントロまで向かうことになった。

 マリアと名乗るこの女性はSLP在住で、地元の工場(生産品は忘れた)で働いているらしい。しかもペーペーの工員ではなく、部署の責任者的な肩書きを持っているとのこと。
 そして、彼女は大の日本好きで、過去に長期休暇をとって日本にも行ったことがあるという。歌舞伎と文楽といった伝統芸能や神社仏閣はもちろん、お好み焼きととんかつといった日本食も大好きだと言っていた。

 そんな話をしていたらセントロに到着。まずは手配済みというホステルへ向かった。彼女曰く「SLPでいちばん安いホテル」を目指し歩くと、「あそこよ」とかなり年季の入った建物を指した。

 中にいたホステルの店員に値段を聞いたが、1泊150ペソ(当時のレートで約1200円)は確かに安い。RPGで言えば2番目に訪れる村の宿屋に匹敵する。しかも、連泊すれば1泊分はサービスするとのこと。実際SLPは2泊3日を考えているので、実質1泊あたり75ペソ(600円)ということになる。相当破格だ。
 が、年季が入っているのは内装も同様で、ドアはガタガタでガラスが一部破損済み床は埃っぽい毛布の質は悪くペラペラ隣のバーから客の大声がダダ漏れロビーには当たり前のように使い古しの便器が無造作に転がっているという状態なので、むしろ適正価格とも言える。マリアには申し訳ないが、多少奮発してでももう少しまともなホテルに泊まりたかったが、せっかく予約してくれたので今夜はここに泊まるとしよう。


 荷物を置いた後、夕食もかねて夜のセントロを案内してもらう。
 SLPもSMA同様、古き良きヨーロッパを思わせる町並みだ。例えるならば、SMAが日本で言う江戸時代の佇まいだとしたら、SLPは明治時代を思わせる佇まいだ。SMAの景色に慣れてしまったので、何だかタイムスリップしたかのような感覚を味わった。

 その後は手頃なカフェで夕食。ビールの一本でも飲もうかと思ったが、疲れ気味だしここは標高も高いので今夜はRefresco(=レフレスコ-ソフトドリンク)にしておこう。
 日本のことや、今までに訪れたことのあるメキシコの都市の感想なんかを話していたら時間も時間になったのであのボロホステルに戻ることにした。

 翌日に改めてSLPを案内してもらうことになった。

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San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ)-適度に良い街、そしてサッカーの後……






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 San Luis Potosi(=サン・ルイス・ポトシ-以下SLP)出迎える初めての朝。

 SLP屈指らしいマイナス五つ星ホステルだけあって(実質1泊600円!)目覚めっぷりも値段相応の気持ち悪さである。
 今日は朝の11時にSLP在住のメル友・マリアと待ち合わせをしているが、何だかんだで9時には目が覚めたので、適当にすぐ近くの食堂で朝食を摂ったり、適当に散歩したり、ネットカフェでメールチェックをしたりして時間をつぶしていた。

 そうこうしていたら時間も時間になったので一度荷物を取りにホステルへ戻ったのだが、ロビーで誰かに何やらと声をかけられた。
 そこにいたのは娘らしき若い女性と、女装した大御所芸人のような出で立ちの年配女性だった。

 「○○○○×××◎◎◎△△△△?」

 ……は?

 ぼくの語学力は大したことがないという事実を差し引いたとしても、あまりにカツゼツが悪い上にかなりの早口なものだから、何が言いたのかさっぱり理解できない。これまでにも早口だったり発音が独特で聞き取れなかったケースや、そもそも意味を知らない単語の連発で理解できなかったことは多々あるが、ここまで全ての単語がさっぱり聞き取れないのは初めてだ。わかったことは、語尾は上がっていたから何か尋ねられているのだろうということだけだ。

 「Más despasio por favor!(もっとゆっくり話してください)」

 とお願いしてみるが、彼女はさっきとまったく同じスピードと発音で「○○○○×××◎◎◎△△△△?」とまくし立てる。

 こりゃ困ったなと思っていたら、さっきまで無言だった娘が助け船を出してくれた。

 「Mamá dice que donde esta el dueno?(=ママは“ここのオーナーはどこにいるの?”って言ってるの)

 因みにこの“donde esta ○○○?(=○○○はどこですか?)”という言い回しは、『初級スペイン語講座』の第3章くらいで出てくる基本の言い回しだ。こんな初歩の単語が聞き取れなかったとは、この女性の発音は相当クセがありそうだ。

 「No sé. Creo que no viene aquí todavía.(=知りません。彼はまだ来ていないと思います)」
 と答えると、娘が母に、
 「Ei dice que "No sé. Creo que no viene aquí todavía."(=彼は“知りません。彼はまだ来ていないと思います”って言ってるわ)」
 と通訳した。

 そして、
 母 :「○○○○×××◎◎◎△△△△?」
 娘 :「Mamá dice "Sabes cuando el viene aquí?"(=ママは"彼がいつここに来るか知ってる?"って言ってるわ)」
 ぼく:「No sé(=わかりません)」
 娘 :「El dice "no sé"(=彼は、“知りません”って言ってるわ)
 母 :「○○○○×××◎◎◎△△△△」
 娘 :「Mamá dice "OK, gracias"(=ママは"わかりました。ありがとう"って言ってるわ)」

 と言って二人は外に出たのだが、スペイン語とスペイン語のやり取りを、第三者がスペイン語で通訳するって何かおかしくないか? 

 とまあ、こんなコントに付き合っていたら時間が来たので、さっさと待ち合わせ場所に向かう。
 
 しばらく待っていたらマリアと落ち合うことが出来たので、まずはセントロを案内してもらう。
 彼女曰く「SLPは有名な観光地ではないけれど、それなりに名所はある」とのことで、セントロの象徴的な建物を中心に案内してもらう。


Palacio de Gobierno(政府宮殿)-クリックで大きくなります
Palacio de Gobierno(=パラシオ・デ・ゴビエルノ-政府庁舎)


slp_zocalo(ソカロ=中央広場)-クリックで大きくなります
Zocalo(=ソカロ-中央広場)


slp_museo de la mascara(=ムセオ・デ・ラ・マスカラ-仮面博物館)-クリックで大きくなります
Museo de la Mascara(=ムセオ・デ・ラ・マスカラ-世界中の仮面が展示されている博物館)


slp_Templo del Carmen(=テンプロ・デル・カルメン-SLPの寺院)-クリックで大きくなります
Templo del Carmen(=テンプロ・デル・カルメン-SLPの寺院)


slpの通り-クリックで大きくなります
SLPの通り

※写真の時間列はバラバラです。


 うーん、この町は何か居心地が良い。何と言うか、何事も適度なところが気に入った。
 町並みは適度に美しいし、見どころは適度にあるし、セントロは綺麗に整備されているし、適度に拓けているから通行人の数も多すぎず少なすぎずな感じだし、前面に観光地として押し出しているわけではないから物価も大して高くないし、外国人もほとんどいない。長距離移動の途中でちょっと立ち寄ってちょっと観光するには、かなり適しているように感じた。

 一通り周った後昼食を摂ったが、食後に急激に眠くなってしまった。満腹感と程好い町の空気が緊張を緩めたのだろうか。どのみちマリアも夕方は別件があるようなので、ここは一度ホステルに戻ることにして夜に改めて会うことになった。

 ホステルで仮眠をとった後に再び待ち合わせ場所に行くと、マリアの隣に見知らぬ女性が並んで立っていた。どうやら友だちを連れてきたようだ。イングランドが誇るストライカー、ゲーリー・リネカーにそっくりなこの女性はアリシアという名前だそうで、普段は小学校の先生をやっているそうだ。


リネカーゲーリー・リネカー(Gary Winston Lineker )
イングランドを代表するストライカーで、1986年ワールドカップメキシコ大会の得点王。ペレが選んだ偉大なサッカー選手100人にも選ばれている。Jリーグブームの頃には鳴り物入りで名古屋グランパスでプレーしたが、怪我もあって全く結果を残せなかっため“THE・期待外れ
の烙印を押されてしまいそのまま引退。現役を通して一度も退場どころか警告を受けたことがない稀有な選手。



 今夜はぼくのリクエストで、セントロのバーで酒をかっくらいながらサッカーの試合をテレビ観戦だ。
 というか話題としてはもはやかなり古いのだが、今夜はワールドカップ北中米予選の日で、メキシコ代表はアウェーでコスタリカ代表と戦うことになっているのだ。メキシコでも他の国同様サッカー人気はかなり高いので、この数日はこの試合の話題で持ちきりだった。

 因みにメキシコ代表は、スタートダッシュに失敗したためこの時点で予選突破圏内にはいなかった上、残り試合もあとわずかという状況なので、今日の試合で負けようものなら予選落ちが現実味を帯びてしまう崖っぷち状態だった。ここで勝ちにいかないと今後がかなり厳しい状態に陥ってしまう。
 一方のコスタリカはこの時点で首位で、2位以下との勝ち点差は団子状態ではあったものの、引き分けても出場圏内の順位はほぼ確保できる状況だったので、ここは無理をせずしっかり守って確実に勝ち点を積み重ねたいところだ。

 …とまあ、そんな背景だったこともあり、国民のテンションは否応なしに力が入る。代表のユニフォームを身にまとい国旗を派手に振り上げる者、「VIVA MEXICO!(メキシコ万歳)」と叫ぶ者、国歌を高らかに歌う者など、さまざまな応援スタイルで試合の開始ホイッスルを待っている。国民にとってピッチに立っている代表選手たちは、“彼ら”ではなく“私たちそのもの”なのだろう。

 そして試合は始まった。ここはぼくが長々と能書きを垂れるより、ビジュアルで紹介した方が得策だろう。




 ……ご覧の通り、アウェーながらメキシコが3-0で圧勝。
 試合終了のホイッスルが鳴った途端、周囲はまるで本大会で優勝したかのような大歓声を上げ、知らない客同士で勝利の抱擁を交わしていた。早くもバーの外ではお祝いのクラクションを鳴らしながら通りを爆走する車もあったり、「Gano Mexico!(メキシコが勝ったぞ!)」と絶叫する声も聞こえてきた。


 それにしても今回のメキシコ代表はかなり面白いチームだ。
 身長は軒並み低いが、徹底したパスサッカーと豊富な運動量、スピードはやはり侮れない。特にこの試合で大活躍したAndres Guardado(=アンドレス・グアルダード)Giovani Alex DOS SANTOS(=ジョバニ・ドス・サントス)は本大会で是非とも見たい。


José Andrtes Guardado (グアルダード)Andrés Guardado(=アンドレス・グアルダード)
1986年9月28日生まれ。ポジションは主に左ハーフ。将来のメキシコ代表を担うであろう次世代のスター候補。




Giovani Alex DOS SANTOSGiovani DOS SANTOS(=ジョバニ・ドス・サントス)
1989年5月11日生まれ。ポジションは主に右ウイング。グアルダード同様将来のメキシコ代表を担うであろう次世代のスター候補。国内ではロナウジーニョの再来とも言われている。
父もかつてはメキシコのクラブで活躍した元プロ選手で、弟のジョナタンもスペインで活躍中というサッカー一家の生まれ。



 それに何より素晴らしいのは、たとえリードしていても守りに入ることはせず常にゴールを目指す気迫とメンタリティと、試合内容の濃さだ。久々に“お金を払う価値のある試合”を見た気分だ。

 そんなお祝いムードの中、ぼくのテーブルのすぐ近くでなぜか客同士による派手な喧嘩が始まり、テーブルや椅子をなぎ倒しながら昇龍拳タイガー・アッパーカットを繰り出していた。


 大満足でバーを出たが、この後の計画は立てていない。時計を見たらけっこう良い時間だし、あまり女性を夜遅くまで付き合わせるのも悪いのでこのままお開きにしてもいい。というか、どのみち明日の日曜日も3人で会うことになったし、酒のせいでけっこうオネムなので、むしろホステルに戻りたいところだ。

 しかし、彼女たちはそんなぼくの内に秘めた淡い期待を見事なまでに打ち砕いたばかりか、ぼくにとってはスラム街よりも恐ろしい場所で、できることならこの先一生したくないことをすることになった。






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San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ)-メキシコ人の好きなもの

現在位置
サン・ルイス・ポトシの位置(クリックで大きくなります)


 さて、サッカーも見たしメキシコも勝ったので大満足だが、もう夜の11時を回っているし、明日もまた3人で会うことになったから今日はお開きでもいいのだが、2人はまだ飲み足りないというか、体力は余っているようだ。
 だったらそこらへんの別のバーで軽く呑み直してもいいと思ったのだが、マリアの友だち・アリシアが、


 「これからディスコ行きましょう、ディスコ!」


 と言い出した。そういえば、彼女は初めのうちは大人しかったが、酒が入っているせいかかなりテンションが高くなっている。

 これはラテン系の国や欧米諸国に言えることだが、メキシコ人も例外なく踊ることがとても大好きな民族で、ダンスは生活の深層部にまで浸透している文化である。彼らはお祝い事で踊り、国民的行事で踊り、親睦を深めるために踊り、ナンパの口実にも踊る。男女問わず国民の殆どは幼少時から何かしらの種類のダンスはマスターしているし、ダンスが嫌いというメキシコ人はあまりいない。特にここで人気が高いディスコミュージックはサルサ、マンボ、クンビアといったラテン音楽だが、個人的には各々の違いはよく知らない

 しかし、この案には問題が2つある。

 まず、“人前で踊る”ということは恥ずかしいことと認識してしまうのでこういう場はあまり性格的に合わないのだが、そもそも日本人に“ダンスで交流を深める”という概念がない
 確かに日本にもディスコはあるし、日本人でもダンスに精通している人は多くいるが、所詮は海外文化の真似事でしかないので、誰でも知っているというわけではない。
 そして日本にも古来から能や日本舞踊といった文化はあるが、サルサのように激しい動きをするどころか、むしろ必要最低限の動きで美を表現するのが流儀だし、そもそも誰でも気軽に触れられるほど敷居は低くないので、カテゴリーはむしろ“伝統芸能”に入るだろう。
 というか、日本でいちばん野球が上手なイチローですら「ベースボールはあんなにうまいのに、何でダンスはこんなにヘタクソなんだ?」チームメイトから爆笑されるくらいヘタクソらしいのだから、これは文化以前に民族レベルのDNAの問題だろう。

 そしてもう一つは、過去のトラウマである。
 それは語学学校に通っていた頃、当時知り合ったネイティブの連中と付き合いでディスコに行った時のことだ。
 ソファーで彼らのダンスを見ていたら、見知らぬ男性から「Quieres bailar?(=踊らない?)」と声をかけられたのだが、知人から指摘されて初めて自分がナンパされたことに気付いた。
 それから数十分後、ほろ酔い気分でトイレに行った時、先に入っていた別の見知らぬ男性にまたナンパされたのだが、断っても一歩も引かないどころかしまいには戦闘態勢に入り、「怖いのは最初だけだから」その場で貞操の危機に直面したことがあるのだ。さすがに事なきを得たが、あの時は桜金造の怪談より怖かったのだ。
 なので、二度あることは三度あると言うし、流れから察するに3度目はお嫁に行けない体になってしまう可能性は十分にありえる。

 とはいえ、そんな理由で断っても二人は納得しないだろうし、ぼくももういい大人なのでここは素直に従っておこう。

 案内されて着いた先は、セントロの一角にある建物で、ドアを開けると大音量の音楽が聞こえてきた。どうやらここではCDを大音量でかけるのではなく、バンドの生演奏をバックに踊るらしい。フロアの前方にはダンススペースがあって、多くの客がそれに合わせて激しく踊っていた。年齢層はバラバラで、若い人も熟年の人も一心不乱に踊っている。

 とりあえず最初は、後方のソファーで演奏と他の人のダンスを鑑賞していた。やはりダンス文化が根付いているだけあって、全員の動きは本当にこんな感じだった。



 こういうのは、見ている分にはかなり面白いが自分が踊るとなると話は全く別だ。そもそも日本人に“ダンスで交流する”という概念(以下略)。

 出来れば鑑賞だけで穏便に済ませたいが、やはりそれは無理な話だ。血が騒いだのか、アリシアかなりのハイテンションを維持したままぼくの手を取り、ダンススペースに誘導した。
 ラテン系はペアダンスが多いので双方のコンビネーションが重要だ。こちとらマイム・マイムすらまともに踊れないのに、動画のような動きなんぞできるはずがない。案の定ぼくの動きはグダグダなので、傍からはこんな感じに見えていただろう。


ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイという超豪華な競演と、二人の適当かつ変なダンスで話題を呼んだ1985年のチャリティーソング。因みに曲自体は書き下ろしではなく、60年代に活躍したマーサ&ザ・ヴァンデラスというアメリカの黒人女性コーラスグループの代表曲のカバー。


 しかしアリシアは心得たものでそれなりにリードしてくれたが、だからといって考え方が変わるわけではなく、やはりぼくに言わせればダンスは羞恥プレーでしかない。

 その後はぼくは殆ど踊らなかったが、アリシアもマリアも別の男性客から「Quieres bailar?(=踊りませんか?)」と声をかけられたりして、好みであろう男とはしばし踊ってたりしてたので、思いのほか時間が経った。

 そして気がつけば、時計の針は夜の2時30分を回っていた。さすがに二人も満喫したのか、ようやく家路に着くことができた。

 因みにこのディスコでは、ぼくは一度もナンパされなかった。どうやらぼくの時代はもう終わったようだ。




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San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ)-静かに忍び寄る病魔

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 夕べは何だかんだで(自分なりに)けっこうな量の酒を摂取したし、夜の2時半までディスコにつき合わされたので、ホステルに着くなり速攻寝た。ここに来てからというもの、大体朝の8時とか9時に目覚めていたが、さすがに今日は11時に起きた。

 さて、本来は今日の夕方にでもここを去って別の町に移動しようと思っていたのだが、予定を変えてもう一泊することにした。
 というのも、今夜すぐ近くのアリーナでLuchalibre(=ルチャ・リブレ-メキシコのプロレス)が開催されることを昨日知ったからだ。

 そもそもぼくがメキシコに興味を持ったのは、このルチャがきっかけだ。幼少の頃からプロレスが好きでその延長で知ったのだが、色とりどりのマスクを被って闘う独特な世界観と、飛んだり跳ねたりするレスリングスタイルがいやに気に入ってしまい、それが興じて約10年前の語学留学につながっているのだ。なので、見れる機会があるなら見ておきたいわけだ。
 
 まあそれはともかく、今日も昨日と同様13時にマリアとアリシアと落ち合う予定だが、まだ時間は早いのでとっととシャワーを浴びて近所で軽く朝食でも摂ることにした。

 手ごろな食堂を探してセントロをフラフラと歩いていたのだが、なんだか体調が芳しくない。ほんの数分歩いただけなのに体はだるくなり、頭も痛くなってきた。それに、心なしか呼吸をするのも一苦労で、いつもの7割程度しか吸えていない気がする。

 「まだ夕べの酒が残っているからかな?」とも思ったが、それを差し引いてもこの体力の落ちっぷりは異常だ。何だか更に全身がだるくなってきた。

 すぐ近くのベンチに腰をかけて様子を見たのだが、とりあえず熱はないし、咳もくしゃみも出ていない。ということは、例のインフルエンザではなさそうだ。
 その後もしばらく原因を探ってみたのだが、よくよく考えてみたらここは標高1800Mの高地だ。どうもこの症状は高山病に似ている気がしてきた。
 気休めに近所のコンビニでレッドブルを買ってみたが、やはり気休めなので効果はない。ここはあまり無理をせずに、待ち合わせ時間ぎりぎりまでベッドで横になっていた方が良さそうだ。

 そして時間が来たので起き上がったが、相変わらず体調は悪いままだ。持参したナロンエースも飲んでみたが、特に効き目は感じない。
 待ち合わせ場所に行くと、既に二人は到着していたのでとりあえず現状を説明する。向こうもそれなりに心配してくれたが、アリシアはこんな改善策を提案した。

 「Coca Colaを飲めば治るって!!!」

 普通の神経だったら「つまんねえギャグに付き合ってる場合じゃねえんだよ!」天龍ばりのグーパンチをお見舞いしたいところだが、自分の経験上、こういうことを言うメキシコ人はけっこういる

 過去に体調不良で喉を痛めてたとき、年配の人から「じゃあコカを飲め!」と半分真顔で言われたことがあるし、何かの虫に刺されて腫れた患部を見せた時も「コカを飲めばすぐに治る!」とアドバイスされたことがある。というか、この国にはちょっとした「コカコーラ信仰」みたいな考え方が定着してなくもなかったりする。

 そこには、メキシコが世界で最もコカコーラを消費する国だからという背景があるからだろう。

 聞くところによると、メキシコでは国民一人あたり年間150リットルを飲み干すらしい。単純計算で、500mlのコカを年間で300本飲むことになり、日割りで計算すれば、一年のうちコカを飲まない日は65日だけということになる。
 何せ、戦後しばらくしてから一般層にも定着した日本とは違い、ここでは100年近く愛されている歴史があるので、それこそ兄さん姉さんパパにママだけでなく、じいさんばあさんお孫さんもガブガブ飲んでいる。

 他にも、価格も水より安くて栄養価が高いので貧困層にとって重要なエネルギー源でもあるとか、大企業ゆえの影響力、前の大統領がメキシコ・コカコーラ社の元社長で、ラテンアメリカ全体のコカコーラを牛耳っていたという政治的理由もあるのだろうが、正直なところ、今さらCMとか看板を出さなくても売上には何ら影響がなさそうなほど彼らはコカを年中飲んでいるのだ。で、コカコーラを飲まない日にはスプライトファンタを飲むのがここの食文化の一つだ。
 尤も、レベルで言えば韓国における「キムチを食べれば試合に勝てる」的な縁起担ぎみたいなものでしかないが、アリシアの意見を聞いた正直な感想は、「言うと思ったよ!」だった。
 
 因みに余談だが、メキシコでも普通にPEPSIは売っている。しかし、“PEPSIはコカコーラより甘いから、健康面を考えるとコカコーラにしておくのがベター”という個人的にはあまり理解できない風潮があるらしいので、シェアは全国規模だが人気はコカには劣る。
 
 ともあれ、アリシアの案はやんわりと拒否したが、ここで思い出したことがある。
 そういえばペルーやボリビアあたりの高地では、高山病防止に「マテ茶」が飲まれてるというではないか。なのでここでも売っているか聞いてみたところ、「見たことない」とあっさり却下されたので、ここは日本人ということで緑茶を買うことにした。さすがに茶葉は売ってないが、ティーバッグのタイプなら近所のコンビニでも売っているのはチェック済みだ。

 それで買ったのはこれ。

空男光女(クリックすると若干大きくなります)


 これを飲めば、きっと空男と光女が助けてくれるに違いない。
 そしてすぐに近所のカフェに行き、お湯だけをもらって飲んでみる。100円ショップで売ってる緑茶より味も質も悪いが、気は心である。

 そして、「何かしら腹に入れないことには治るものも治らない」という結論にもなったので、とりあえずは食事ということになった。あまり食欲もないのだが、まあ野菜スープを少し飲むだけでも違うだろう。

 そして連れて行かれたのは市場の食堂だった。
 彼女たち曰く「ここは安いから」とのことなのだが、いくら安くてもそこら中にハエが飛び交っているようなお店のメニューだとむしろ悪化してしまう気がしなくもないが、とりあえずたまねぎのみじん切りをたっぷりとかけた野菜スープ、そしてアリシアがいつの間にか買っておいてくれていたコカコーラを腹に詰め込んだ。

 心なしかさっきよりましになった気もするが、やはり長時間の移動をするほどの体力は戻っていない。色々と計画を立ててくれたという二人には大変申し訳ないが、とりあえずルチャの時間まで体を休めることにした。

 そして、あの逆五つ星ホステルで休養を取っても体力は回復しないように思えたので、多少値が張ってもグレードの高い宿に変えた方がいいだろう。そのあたりを相談すると、
 
 「あそこよりは高いけど、そこそこ安くて清潔で快適なホテルを知っている」

 とのことなので、まずはチェックアウトしてからそのホテルに案内してもらうことにした。

 ヘロヘロながらも荷物をひきづりながら歩くこと約10分。「ここがそのホテルよ」と指差した建物を見て、満身創痍ながらもぼくの脳にフラッシュが焚かれた。


 俺、このホテルに泊まったことがある!
 

 フル起動しない頭で過去の記憶を辿ってわかったのだが、SLPは今回が初めてじゃない!二度目だ!

 そうだ!
 5年前にMonterreyで初めてラロと会ったとき(詳細はコチラ、メキシコシティまで陸路で帰ろうと思ったら「バスだと半日以上かかる」と言われたものだから、地図を見て「ここが中継地点には手頃そうだな」と思って、ここで一泊したんだった。
 以前の日記でここを紹介するにあたり、「メキシコ中央部にあるからどこへ行くにもアクセスが良い」みたいなことを書いたが、まさか5年前にも同じことを考えていたとは
 確かあの時は、SLPに着いたのは夜だったし食事もホテル内のレストランで済ませたし、翌日も朝早くに出たから外には殆ど出なかったので、まったく印象になかったよ

 そんな記憶を思い出しつつフロントでチェックインしたが、その時に対応したおじさんの顔を見て、またフラッシュが焚かれた。

 そういえばあの時、レストランで食事した後緊急事態が発生してロビーのトイレに駆け込んだら間違えて女性用トイレに入ってしまい、この人に不審者扱いされてこっぴどく叱られたことがある!



 いやー、その節はどうも。あれから元気でやってましたか?



 ……と再会のハグでも交わしたいところだが、向こうはもう憶えてないだろうし、それ以前に今はそれどころではないのでさっさとすませて部屋へ向かう。

 とりあえずルチャの開始時間は7時なので、6時半に迎えに来てもらうことになった。それまではベッドで大人しくしておこう。
<次回へ続く>





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San Luis Potosi(サン・ルイス・ポトシ)-ルチャリブレを見に行ったよ

現在位置
サン・ルイス・ポトシの位置(クリックで大きくなります)


 午前中に体調が急激に悪くなり、とりあえず夜の約束までホテルで体を休めることにした。
 最初はただベッドで横になっていただけだったが、どうやらいつの間にか寝てしまったらしく、時計を見たら待ち合わせ時間まで残り30分となっていた。


 さて、体調はどうだろう……?

 ……。

 ……。

 ……。

 ……うん、何か治っちゃったみたい。

 完全復調というわけではないが、頭痛もほぼ消えたし呼吸もだいぶ楽になった。
 宿を激安のボロホテルからそこそこ良いホテルに変えたからか、市場で飲んだ野菜スープが効いたのか、日本茶が良かったのか、コカコーラのおかげなのかは分からないが、とにかくこれで何の問題なく夜の予定を消化できそうだ。

 さて、今夜の予定は近くのアリーナで“Lucha Libre(=ルチャ・リブレ_メキシコのプロレス)”観戦だ。

 メキシコでのルチャは、サッカー・ボクシング・闘牛に並ぶ人気スポーツで、歴史も長い。少なくとも、CMLL(Consejo Mundial de Lucha Libre=直訳すると世界プロレス協議会)という国内のメジャー団体は1933年に旗揚げしているので、これを基準にしたとても70年以上の歴史を持っているということになる。メキシコでは365日、大なり小なりの興行がどこかの会場で開催されているそうだ。

 因みに今回の興行は無名のアマチュアやセミプロの選手のみのローカル興行で、全国区で人気のある一流選手は一切出場しない。街には告知ポスターが貼られていたが、そこらへんの日本人からすれば異常なまでにルチャ事情に精通しているぼくですら、掲載されている選手の写真や名前を見ても誰か誰だかわからないし、入場料も日本円で300円程度だからだ。
 もちろん、有名どころが出場する試合を見れるに越したことはないが、ローカルであろうとルチャはルチャである。ゴディバのチョコレートも美味しいがチロルチョコもチロルチョコで美味しいように、ローカルにもローカルなりの面白さもあるものだ。

 そして約束の時間にマリアとアリシアがホテルまで迎えに来てくれた。
 場所は、セントロから少し離れたエリアの一角にあるアリーナだった。
 アリーナと書くとさいたまスーパーアリーナとか幕張メッセみたいな近代的な建物をイメージしてしまうかもしれないが、二人が「ここよ」と教えてくれなければ完全に素通りしてしまうような、老朽化が進んだ小汚い建物だった。

 中に入ってみると、入口近くには過去にここで試合をしたであろう選手の記念写真や、マスクが壁に飾ってあった。

ルチャドールの写真(クリックで大きくなります)
ピンボケっぷりが尋常ではないが、オクタゴンティニエブラスといった超有名選手の写真が壁いっぱいに。


ルチャドールのマスク(クリックで大きくなります)
これまたピンボケっぷりが尋常ではないが、フィッシュマンウラカン・ラミレスブラック・シャドーL.A PARKといった超有名選手の試合用マスクが。


 そして客席に行くと、既に設置されていたリングがぼくらを待っていた。
 因みにここの会場のキャパシティは恐らく1000人程度と思われるが、今日のようなローカル興行ではそこまで入らないことは主催者側も承知のようで、100人で満員になる程度の席を設ける程度におさめていた。なので、どこに座ってもリングに近い。これはかなり見ごたえがありそうだ。

ルチャのリング(クリックで大きくなります)
ロープもたわみ、マットカバーにはつぎはぎが目立つボロいリング。因みに奥にあるカーテンは選手の入場口。





 この時点でかなり“場末臭”がプンプンだが、臨場感という点では申し分ない。

 しばらくすると会場が暗転し、「これより試合を開始します」みたいなアナウンスが会場に流れた。
 するとこれまた年季が入っているだろうスピーカーから、かなり割れた音で大音量の音楽が流れる。選手の入場である。
第一試合の選手たち(クリックで大きくなります)


 ローカル興行の第一試合に出場する選手だけあって体がまだできていないのは仕方ないが、ぺーぺーという立場を差し引いてもコスチュームに金がかかってなさ過ぎである。試合というよりは、練習生による公開スパーリングに見えなくもない。
 

 その後も試合が続いたのでいくつか写真を。
別の試合(クリックで大きくなります)
金網マッチ(クリックで大きくなります)



 ……うーん、我ながら写真がヘタすぎる。

 他にも撮ったには撮ったのだが全てがピンボケで使えないのは非常に残念だ。

 とにもかくにも、全てにおいてチープさが際立つ興行だったが、個人的には相当面白かった
 主催者側も予算がない中でお客を満足させるべく金網マッチ(リングの四方を金網で囲って、先に脱出したら勝ちというルールの試合)にもチャレンジしてみたり、タイトルマッチ(恐らく地域チャンピオン程度のローカルタイトル)のプレゼンターとしての若い女性客をリングに上げてみたりと、かなり趣向を凝らした姿勢は実にすばらしかった。

 そしてそれ以上に素晴らしかったのは、観客の熱狂っぷりである。

 基本的にルチャの対戦構図はテクニコ(善玉)VSルード(悪役)となっていて、観客はテクニコを応援し、ルードにはブーイングを送るスタイルなのだが、両者に対しての格差というか肩の入れようは尋常じゃなかった。

 例えば、ルードによる反則まがいの攻撃に対してブーイングするのはまだいいとして、ルードが観客相手に少しでも挑発的な態度を取ればカエレコールの大合唱、挑発が更に度を超すと放送禁止用語で罵倒、レフェリーがルードの反則攻撃を見逃そうものなら「ちょっと、レフェリー! 今アイツ反則したわよ!」とマジギレ、逆にテクニコがレフェリーの隙を突いて反則攻撃を仕掛けても「不正はなかった」と断言、不利な試合展開を察知したルードが油断させるために降伏する素振りを見せれば、「騙されるな! これはアイツの罠だ!」と本気で絶叫、などなど、とにかく全てにおいてリアクションが『全員集合』を会場で見ているチビッ子ばりなのは、実に微笑ましい。

 しかもここで重要なのは、リングに上がっているのは全国区で人気のある選手ではなく、地元でも大して知名度のない選手であるということだ。そんな彼らに対してもにここまで感情移入できるところが、70年以上も庶民に愛されている理由なのだろう。


 結局、何だかんだで6試合ほどの試合を観戦して興行は終了。個人的には大満足で会場を後にしたら、既に外は陽が暮れていた。

 さっき来た道を戻っていたら、なぜか歩道のポイントポイントに若い女性が立っていることに気づく。しかも誰かと待ち合わせをしているようではなく、どの女性も無駄にかなり派手で、肌を多めに露出している服を身にまとっているではないか。

 するとマリアとアリシアは口を揃えるように「あの人たちと目を合わせちゃダメ!」と注意された。

 このアリーナ一帯は普通の住宅街だと思っていたのだが、どうやら売春宿が軒を連ねるエリアらしく、道端に立っている女性たちはストリートガールらしい。
 そう言えばその中の一人は道行く独り歩きの男性に声をかけて、何やら交渉をしているのをようにも見えた。もし一人でここをうろついていたら、「オニイサン、アソバナイ?」と片言の日本語で声をかけられたのだろうか?
 ともあれ一つ言えることは、ここを一人で歩いていたら、買う買わないは別にしても後学として値段だけは聞いていただろう

 というか、立地条件も場末臭プンプンで最高!

 そしてそういえば、今夜はSLP最後の夜だ。
 最後の晩餐はセントロの少し外れあったいかにも美味しくなさそうな中華料理屋で甘ったるい肉野菜炒めやパッサパサの焼き飯、そしてバナナフリッターというSLPには何の関係もないメニューでシメた。



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Guanajuato(グアナファト)-極上バカの大バカがグアナファトにご降臨

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)



グアナファト(クリックで大きくなります)
グアナファト市(Guanajuato)
北中部に位置するグアナファト州の州都で、国内でも人気の観光地の一つ。豊かな銀山に恵まれ、スペイン植民地時代の美しいコロニアル建築で有名。歴史的な市街地と近辺の銀山は世界遺産にも登録されている。
また、メキシコを代表する画家・Diego Rivera(=ディエゴ・リベラ)の出身地でもあるためかここでアートの勉強をする芸術家の卵も多いとか多くないとか。
人口:約10万人、標高:2,000m


 今日でサン・ルイス・ポトシとはお別れだ。
 別に予定は決まっていないのでまだここにいてもかまわないのだが、もう十分に堪能したし、どのみち平日はマリアもアリシアも仕事でかまってくれないので、次の町へ出発しよう。

 さて、 昨日の体調不良は高山病の症状によるものと思っていたので、次は回復次第で標高の低い海沿いに行くことを考えたが、残りの滞在日数と財布の中身、それに体調がほぼ戻ったことを考慮して、次は冒頭の通りグアナファトに決めた。

 グアナファトには一度行ったことがあるのだが、町並みが見事で見どころもそれなりにあって、なおかつ国内でもかなり治安が良いところなので、また行ってみたいと思ったのだ。

 そして午前10時頃にサン・ルイス・ポトシのバスターミナルへ到着。バス会社のブースでやる気なさげにガムを噛んでいる受付のお姉さんに出発時間を確認してみた。
 因みにメキシコは車社会だけ多くのバス会社が参入しているが、今回の旅で使用頻度が高いのは「Primera Plus」という会社のバスだ。



Primera Plus(プリメーラ・プルス)
ゴールドのボディカラーでおなじんでいる国内大手のバス会社で、メキシコシティ以北の中央高原北西部への移動にめっぽう強い。エンジン音も静かでシートもゆったりフカフカ、車載テレビによる
(半強制的な)映画鑑賞が楽しめたり、乗客にはもれなく軽食とソフトドリンクがついてくるなど、設備・サービス面に定評がある。


 ぼく:「Buenos dias! Quisiera ir a Guanajuato.(=おはようさん、グアナファトまで行きたいんだけど)」
 受付:「Guanajuato(PCで時刻を調べている)....a las 2 de la tarde(=グアナファトは……、午後の2時出発ですね)」

 
 ……4時間後かよ!
 そこそこ大きいとはいえ、さすがに売店と食堂と土産物屋とトイレくらいしかないこのターミナルで一日の1/6を過ごすほどぼくはヒマじゃない。

 ぼく:「No tienes otro tipo?(=他にないの?)」
 受付:「Pues...vas a Leon, sale a las 11 de la manana(=だったらレオン行きのバスに乗りなさいな。午前11時に出発するから)」

 レオンとは同じグアナファト州にある別の都市で、グアナファト市の近くにあるらしい。

 ぼく:「Pasa por Guanajuato?(=そのバスはグアナファトを経由するの?)」
 受付:「como no(=もちろん)」

 だったら初めからそれを教えろよと思いつつ、そのバスのチケットを買った。

 そして乗り込んだ2時間あたりにふと窓の外を見ると、小さな空港が視界に飛び込んできた。屋根の上には「GUANAJUATO」の文字が大きく書かれている。もうすぐ目的地に着きそうだ。

 さらにしばらく走ると、バスはターミナルの中に入っていった。出発してから初めて停車したターミナルなので、受付の話が事実ならここがグアナファトであるはずだ。

 しかし視界に写っている光景は、当時の記憶と全くリンクしない。どれも初めて見る景色だ。

 本当にここはグアナファトか? 訝しながらも運転手に聞いてみた。

 ぼく:「Aquí es Guanajuato?(=ここってグアナファト?)」
 運転手:「sí(=そうだよ)」

 運転手がそう言うのであれば間違いはないだろう。とりあえずぼくはここで降車し、トランクに預けていた荷物を受け取った。

 とりあえず入口付近のタクシー乗り場まで行ってみたものの、やはりここは過去の記憶にはない場所だ。
 確かグアナファトのバスターミナルはもっとこじんまりとしていて、お世辞にも新築とは言えない建物だったはずだが、ここのターミナルはいやに広いし、建物もかなり近代的だ。
 それに立地的にも、山々に囲まれた郊外の一角にポツンと建っていた気もするが、ここはどうも市街地のど真ん中にあるのも解せない。

 ここでぼくのトンガリアンテナが反応した。

 「もしかしたら移転+改築したのかな?」

 グアナファトは国内でもかなり人気の高い観光地だ。この情報社会で観光客の数が右肩上がりになって、ぼくの頭にあるターミナルでは立地的にも敷地的にもさばききれなくなり、アクセスに便利な別の場所へ移転した可能性もありえる。

 そう勝手に納得していたら、外で客を待っていた年配のタクシー運転手と目があった。
 「A donde vas amigo?(=どこへ行くんだ、アミーゴ?)」

 とりあえずぼくはメモ帳を出し、事前にチェックしておいたユースホステルの住所を彼に見せてみた。
 すると彼は首を傾げ、他の運転手にそこまでの行き方を熱心に聞いてまわっていた。

 正直なところ、このリアクションは予想外だ。
 というのもそこのホステルは、グアナファトでは知らない者がいないほど有名な国立大学のすぐ近くにあるのは知っていたので、わざわざ同業者に聞くほど難儀な場所ではないからだ。というか、地理には誰よりも詳しいはずの運転手がとる行動ではない。

 しかしここでもぼくのトンガリアンテナは、こう反応した。

 「きっとこの人はここに来たばかりの新人かも」

 メキシコは基本的に不景気で、慢性的に失業率が高い国だ。何らかの国家資格を持っているからといって確実にその仕事に従事できるわけではないので、医者や弁護士や会計士といった資格を持っていながらタクシー運転手を余儀なくされる人も少なくないらしい。
 それに、人によっては生きるために各地と転々とし、見知らぬ土地でようやく手にした仕事がタクシー運転手ということもあるだろう。
 なので、きっとこの人はこういうタイプなのだろう。

 またまた勝手に納得していたら、運転手は「Vamos!(=行くぞ!)」と、ぼくのところにやってきた。どうやら問題は解決したらしい。

 しかし、まずは乗る前に値段交渉だ。
 「Cuanto es?(=いくら?)」

 すると彼は指で「4」とジェスチャーした。

 うーん、40ペソ(当時のレートで320円くらい)か。ちょっと高い気がしなくもないが、まあ常識の範囲内だからそれでいいや。キャリーバッグをトランクに入れて、いざ出発だ。

 エンジンをかけると、カーステレオからノリのいいラテンミュージックが流れた。
 すると彼はルームミラーごしにぼくに話しかけた。

 「Cual musica te gusta?(=どんな音楽が好きなんだい?)」
 「Este....a mi me gusta Rock(=そうね、ロックとか好きだけど)」


 すると彼はカーステレオからさっきのラテンミュージックのCDを取りだし、別のCDを入れた。
 
 「te gusta "Red Hot Chili Peppers" ?(レッチリは好きか?)」
 「Muy bien, gracias(=いいね、ありがとう)」

 今までタクシーでこんなほどこしを受けたことはない。グアナファトの人は暖かいではないか。

 聞きなれた曲に耳を傾けながらかれこれ10分は走っていたのだが、相変わらず外の景色を見てもピンと来ない。
 確か過去の記憶では、ターミナルからセントロまでは10分もかからなかったはずなので、そろそろ見覚えのある景色が見えても不思議ではない。それでもタクシーは停まる気配は一切見せず、相変わらず疾走する。

 そうこうしていたらタクシーは大きな幹線道路に入った。
 更に延々と走ったかと思うと、遂にはautopista(=アウトピスタ_高速道路)のゲートに入ってしまったではないか。


 ここでぼくのトンガリアンテナは、ようやく正常に反応した。



 あのターミナルはグアナファトじゃない。やっぱりレオンだったんだ!
 

 兎にも角にも、これまでの経緯を振り返ってみよう。
  
 1.SLPのターミナルでの受付との会話
 ぼく:「Pasa por Guanajuato?(そのバスはグアナファトを経由するの?)」
 受付:「como no(=もちろん)」


 これは単純に通じていなかったか、受付が空返事をしていた可能性が高い。

 2.バスの運転手との会話
 ぼく:「Aquí es Guanajuato?(=ここってグアナファト?)」
 運転手:「sí(=そうだよ)」

 
 ぼくは「グアナファト“市”ですか?」と言う意味で聞いたつもりだったが、運転手は「グアナファト“州”ですか?」と解釈したため「sí」と答えた可能性が高い。それか、こいつも空返事をしたことも考えられる。


 3.タクシー運転手にホステルのメモ帳を渡した時のリアクション。

 そりゃあ隣町なんだから地理が分からなくて当然だ。というか、この人は何の資格も持っているわけでも流れに流れてレオンに来たわけではなく、タクシー運転手しかしたことのない地元生まれのおっさんに決まってる。

 4.わざわざCDを変えてくれた心遣い
 そりゃあ、向こうにしてみたらぼくはかなりの上客なのだから、それくらいのほどこしをしてもらって当然だ。むしろ満漢全席の一つでも奢ってほしいくらいだ。

 しかし時既に遅し、というか気づくのが遅すぎだ。
 ただでさえ今走っている場所は、周りには何もないド郊外の高速道路だ。しかもさっきまで小降りだった雨はスコールばりの豪雨と化し、窓ガラスに勢いよく雨粒が次々とぶつかってくる。
 さすがにこのタイミングで「やっぱりいいです」とは言えるはずもなく、この状況で「ここで降ります」とも言えるはずがない。そんなぼくの心情には関係なく、タクシーはなおも走り続ける。

 ……そうだ、待てよ。
 乗る前の料金交渉で運転手は指で「4」を差したが、これまでの移動距離を考えると40ペソで済むはずがない。400ペソが妥当だろう。因みにレオンからグアナファトまでのバス料金を後に調べたら、2等なら400ペソの2掛け程度で行けることが判明した。

 
 そしてさらに走ること約30分。高速道路を下りると確かに見覚えのある光景が視界に広がった。
 そうそう、確かにここはグアナファトだ。

 その後も運転手は道に迷いつつも、何とかホステルに到着した。

 エントランスのすぐ近くにいたホステルの従業員は、ぼくらをずっと見ていた。降りる際にぼくは運転手にきっちりと400ペソを渡したのだが、タクシー代にしては高額すぎる額の受け渡しに何かを感じたのだろう。

 従業員:「Dedonde vienes?(=君はいったいどこから来たんだ?)」
 ぼく:「De León(=レオンからだよ)」
 従業員:「De León? Por que no aprovechaste el autobus?(=レオンからだって? 何でまたバスを使わなかったんだい?)」
 ぼく:「es como accidente(=事故みたいなもんだよ、何か文句あっか? これ以上詮索したら貴様の両足へし折ってついでに家も放火するぞ、コノヤロー!<一部シドニー・シェルダン風の超訳>)」

 
 そんな弥次さん喜多さんばりの珍道中を経て、極上バカの大バカは憧れの地・グアナファトへ到着した。



テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

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Gunajuato(グアナファト)-とりあえず漂ってみた

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)



 さて、San Luis Potosi(=サン・ルイス・ポトシ)からある意味セルフボッタくられに近い形でどうにかグアナファトに到着。結果オーライにしても犠牲が多すぎた手段だったが、ともあれ宿泊予定のホステルにも着いた。

 従業員曰く、1泊180ペソ(当時のレートで1400円ちょっと)で、2種類の部屋を用意できるとのことなので部屋を見せてもらうことにした。
 一つは日当たりのいい4人部屋。少なくとも今は独り占め状態だが、今後の客足と他の部屋の埋まり具合で相部屋になるのは避けられない。
 そしてもう一つは、日当たりは悪いがテレビ付きの一人部屋だ。因みにどちらもトイレとシャワーは共同である。

 前者の場合、お忍びで旅行中ののっちかしゆかあーちゃんあたりがひょっこり利用して、ひょんなことで仲良くなって、別れ際にぼくを巡って大喧嘩する可能性もなくもないので捨てがたいが、まかり間違って内田裕也ファミリーが利用したら生きた心地がしないと思うので、ギャンブル性が高い。

 なので、条件的には後者の方が圧倒的に優れているのだが、どうやら一人部屋の方は配線の問題で電気が付かないらしく、唯一の明かりはベッド近くの小さなライトスタンドというのがネックだ。

 そして迷った結果、のっちかしゆかあーちゃんと仲良くなれないのは残念だが、部屋の電気が付かなくてもテレビが見れるのは大きいと判断したので、後者の一人部屋を選択した。

 そしてここには、とりあえず4泊はいようと思う。
 正直、ここは大して大きい町ではないので4泊は十分すぎるのだが、がっつり観光するというよりは居心地の良い場所でダラダラすることに重きを置いているし、日程及び経済的事情を考えると、ヘタに日替わりで場所を変えるよりは一箇所に留まるにこしたことはない。



 さて、一夜明けた朝。時間はまだタップリあるので観光は小出し小出しで行くとしよう。

 で、とりあえず最初の観光らしい観光としてMuseo de las Momias(=ムセオ・デ・ラス・モミアス_ミイラ博物館)へ行くことにした。その名の通り、掘り起こされたミイラを展示している博物館だ。セントロからRuta(=路線バス)で10分ほどにある。



 ここには多種多様なミイラが100体近くの展示してあるのだが、最初のうちはいわゆる怖いもの見たさで見ごたえはある。しかし、ミイラだけあって体格や性別以外の各々の見た目は大して変わらないので、10体も見ればもう食傷気味になってしまう。なので、後半ともなると宗教観の違いや生命の神秘さを感じる余裕はなく、気持ちの悪い死体がいっぱい並んでいるだけとしか脳は認識してくれないので、鑑賞がおざなりになってしまいがちなのが残念だ。


 一通り見た後は、博物館の周囲には特に何もないのですぐにセントロへ戻る。他にも行ってみたいところはあるが、どうしても今日中にこなさなければならないルートはないので、しばらくセントロを徘徊してみる。

グアナファトの象徴的建造物・Teatro de Juarez(=フアレス劇場)(クリックで大きくなります)
町の象徴的建造物のフアレス劇場。有名なオペラや戯曲、コンサートを開催する格式高い劇場。
何も開催していなくても中に入れるが、何もないのに有料な上、カメラチャージまで要求されたので入らなかった。

グアナファトの町並み(クリックで大きくなります)
劇場近くの町並み。

グアナファトの大聖堂(クリックで大きくなります)
グアナファトの教会


 うーん、何だかRPGの主人公になった気分だ。そこらへんの売店には、ジュースやお菓子にまぎれてやくそうとかホーリーランスが売っていそうな案配だ。


 
 しばらくフラフラと歩いていたのだが、ここで気づいたことが一つある。



 グアナファトは美女の割合がけっこう高い。



 行き交う女性の多くは目鼻立ちが整っていて、どれもモデルさんのような顔立ちであるばかりか、髪型や服装のチョイスも他のエリアよりもかなり洗練されている気がする。やはり芸術の町で育つとファッションセンスも自ずと磨かれるのだろうか。
 因みに具体例を書くと、お金を崩すために手頃なカフェーで一番安いアメリカンだけを頼んだが、ウェイトレスさんを見たらつい反射的に見栄を張りたくなり、大して食べたくもないプリンアラモードまで頼んでしまったほどだ。
 街だけではなく女性も美しく、治安も良いなんて非の打ちどころがないではないか。いっそのことここの子になりたい

 そんな感じで散策を続けていたが、小腹が空いたので露店のフルーツ屋でカットフルーツを購入。San Miguel de Alende(=サン・ミゲル・デ・アジェンデ_以下SMA)で買ったものと中身も値段も同じ15ペソ(当時のレートで120円くらい)だ。因みにどこのフルーツ屋でもサービスでチリパウダーをかけてくれるのだが、個人的にはそんな食べ方は一切認めていないので、店の人に「Chile?」と聞かれても「No!」と答えるのが望ましい(旅の豆知識)

 大きめにカットされた完熟メロンやマンゴーに舌鼓を打ちつつ散策を再開したが、なぜか通行人の多くがぼくをジロジロと見つめる。この国ではカットフルーツの食べ歩きははしたないこととされているのか、「おいしそう」と思っているのか、それとも「うわ、アイツあそこのフルーツ食ってるよ。腹壊すのも知らないでさ」という蔑みなのか。その答えは夜に知ることになるとは。

 結局、何だかんだで大して広くないセントロを3時間近くうろついていたので、けっこう眠くなった。これ以上続行するとノートルダム大聖堂でルーベンスの絵を見に行きたくなりかねないので、ここは無理をせずホステルで仮眠を取ろう。

 目が覚めた時には外はすっかり日が暮れていた。ここは夜景も一見の価値があるので、夕食がてら夜景散策をするとしよう。
 しかしホステルのすぐ隣に大衆食堂を発見し、そこでお手製のハンバーガーを食べたら何もかもが面倒くさくなったので、さっさとホステルに戻る。まだ時間はあるので夜景散策は明日以降にしよう。

 部屋に戻ってテレビでも見ようかと思ったが、ロビーにもテレビがあったのでたまたま放送していたテニスの全仏オープン中継を、ソファーに寝そべる形で見ていた。
 すると別の部屋から欧米人男性がやってきて、別のソファーに腰を下ろした。ここはこちらから話しかけた方がいいだろう。

 聞いてみるとミュンヘン出身のドイツ人で、仕事の休暇を利用してグアナファトにやってきたらしい。
 ここでSMAの経験が過ったので(詳細はコチラを参照)「バイエルン・ミュンヘンは強いよね」とサッカーの話題をふってみたら、「ボクは大のミュンヘンサポーターなんだ!」と満面の笑みを浮かべた。

 やはり、ぼくが提唱する“ヨーロッパの男相手にサッカーの話を振るとほぼ100%の確率で食いつく理論”は今回も実証された。

 その後も「シュバインシュタイガーは良い選手」「南アフリカ大会でドイツ代表の活躍に期待」「ブッフバルトやリトバルスキーも昔日本でプレーしていたこともある」みたいな話に花を咲かせたが、さすがに「バイエルン・ミュンヘンの試合を現地で生で見てみたい」と口走ってしまった時は我ながら心にも無さすぎなことを言ってしまったなと反省した。


 そしてテニスも終わったので部屋に戻ったが、その瞬間にCurnavacaでの悪夢が再来した(詳細はコチラの後半を参照)



 うぉぉぉーーーー! は、腹がモーレツに熱血し始めた!


 すぐさまトイレへ駆け込んで事なきを得るが、Cernavaca同様腸内の憎いあんちくしょうは一度に出ようとせず、学校の時間割みたく授業・10分休み・授業・20分休み・授業みたくもったいぶるので、往復を繰り返す羽目になる。しかもホステルの構造上、トイレはさっきのロビーを横切らないと行けないのだが、さっきのドイツ人は相変わらずテレビ三昧なので、その都度彼と顔を合わせることになるのは辛い。
 因みにメキシコのトイレは紙を流せないので、後始末した紙は添えつけのゴミ箱に捨てなければならないのだが、おかげでさっきまで空っぽだったゴミ箱に使用済みの便所紙があっという間に溢れかえったよ

 やはり原因は通行人の眼差しの通り、あのフルーツ屋で買ったフルーツだろう。おかげで体は干し柿状態になったので、今夜はさっさと寝た。

 因みに今夜はのっちかしゆかあーちゃんも来なかった。




テーマ : メキシコ
ジャンル : 旅行

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Guanajuato(グアナファト)-トンネルの先にあったもの

現在位置
グアナファトの位置(クリックで大きくなります)



 ここのホステルの入口は受付を兼ねたバーカウンターがあって、そこに従業員が常駐している。
 そしてここは朝に限りパンとお茶がサービスでタダなので、朝食がてら、エンコーまいたんの大好物・甘いパンとホットの紅茶を注文した。


闇金融ウシジマくん
エンコーまいたん
『闇金ウシジマくん』の登場人物で、広島から上京した16歳の家出少女。援交や美人局で日銭を稼ぎ、ホテルや漫喫を転々としている。街の
同世代のギャルから目の敵にされていて、いきなり背後から蹴られたりする。


 カウンターでモソモソと食べていたら従業員がぼくに話しかけた。

 従業員:「君は日本人だろ?」
 ぼく:「いかにも日本人だが、それが何か?」
 従業員:「俺の名字は“ソト”っていうんだが……」
 ぼく:「ほうほう、それで?」
 従業員:「俺のおじいさんが言うには、それは日本語らしいんだ」
 ぼく:「なるほど」

 確かに彼の顔立ちは彫の深いアジア人にも見えなくもない。実際にメキシコにも日系移民は少なからず存在しているので、彼のようなタイプの人はときどき見かける。

 更に話は続ける。

 従業員:「“ソト”とは一体どういう意味なんだい?」

 ここで難しいのは、日本語の場合は他の言語と違って発音だけでは意味を判断しづらく、漢字を見てみないと明確な答えは出せないのだが、彼にとっては長年の疑問らしく、期待に溢れた顔でぼくの答えを待っていた。

 ぼく:「少なくともぼくが知っている“ソト”という日本語の意味は……、Afuera。つまりOutsideだ」
 従業員:「……Afuera?」

 彼の顔を見ると、明らかにガッカリしていた。相当期待外れの答えだったようだ。
 さすがに「大空をはばたく鷹」みたいな崇高な意味を期待していなかっただろうが、「空間的・平面的に設定されたある範囲の外部」のことだとは思っていなかったのだろう。
 
 そんな彼を尻目に、ホステルを出て散策の再開だ。

 今日は取り急ぎ、グアナファトで一番大きいであろう市場に行ってみた。

グアナファトの市場(クリックで大きくなります)
グアナファトの市場




 ここの特徴は、売っているものは他と同様生鮮品や土産物なのだが、教会を改装しているので外からは教会にしか見えないということだ。

 中をうろついていたら、また日本を意識したものが売っていたので撮ってみた。

グアナファトのそ夏あ(クリックで大きくなります)
そ夏あTシャツ
明らかに適当に文字を並べただけのTシャツだが、グアナファトのオフィシャルグッズっぽい扱いなのが解せない。


歌姫がグアナファトにも進出(クリックで大きくなります)
あの歌姫も遂にメキシコ進出。しかしよく見るとハングルが書いてあるので、韓国製のパチモンをわざわざメキシコで売っていることになる。


 その後も広範囲に歩いてみたが、正直ちょっと飽きてきた。
 かといってこのままホステルに戻るのも不健全なので、暇つぶしに何か映画でも見ようと思い、観光案内所で映画館の場所を聞いてみた。

 ぼく:「やあ、このあたりに映画館はある?」
 観:「ここから歩いて20分くらいのところにPlazaがあるんだけど、その中に映画館があるよ」

 ここで言うPlazaは「広場」を指しているのではなく、ショッピングモールのことだ。

 ぼく:「どうやって行くの?」
 観:「あそこの階段を降りて下の道を使えばすぐだよ」

 指差した先には、地下鉄の入口のような階段が見えた。

 因みにグアナファトは中世のヨーロッパの町並みを今なお残しているのがコンセプトだが、当然ながら当時の街の造りは、自動車やバスが走ることは想定していない。
 そこでグアナファトでは、街の下にトンネルを堀って車道を作り、そこに車やバスを走らせることで交通事情の対処と町並みの維持を両立しているのだ。なので、ここで言う「下の道」とは「トンネル」のことである。
 そう言えば昨日は地上しか散策していないので、徒歩でそのPlazaまで行ってみるのも悪くない。

 ……というわけで、トンネルを歩いてみた。

グアナファトのトンネル(クリックで大きくなります)


 このように、親切にも歩道があるのでPlazaまでひた歩いていた。一口にトンネルと言っても一本道ではないので、交差点や分かれ道があるのは面白い。しかし、たかが映画を見るためと考えると、何か大掛かりすぎるような気がしてきた。

 そして、このルートはけっこうしんどい
 ただでさえグアナファトは山間にあるので坂が多いというのもあるが、常に排気ガスや粉じんが立ち込めているので空気が非常に悪い。それこそマスクを装着しないと肺がやられかねない。
 当然ながら地上を歩くよりハードなので疲労度はかなり割増しになる。歩いているうちに「もしかしたらここの通貨はペソじゃなくてペリカなんじゃないの?」と錯覚するようになった。

 約20分後、トンネルを抜けるとそこはPlazaだった。山々に囲まれただだっ広い空き地にポツンと建っている。
 中に入ってみると、映画館の他にも大型スーパーやゲームセンター、オーガニックサプリメント店といった店が立ち並んでいる。中世の町並みに見慣れたせいか、ここだけいやに近代的なのは何か不思議だ。
 
 早速映画館に行ってみるも、開いていない。
 時間帯を考えると、どうやらこの映画館はSiesta(=シエスタ_長い昼休み)を採用しているようだ。仕方がないのでオープンするまでの間は、レストランエリアで昼食を摂ることにした。

 各お店のメニューを見て回っていたら、お嬢さんが「良かったらどうですか?」と試食を勧められた。どうやらこの店ではチキンを色んなバリエーションで煮込んだ料理を提供しているようだ。
 勧められるがままに試食してみたが、まあ予想通りの味だったのでインパクトは弱い。しかし最終的にここのメニュー食べることにしたのは、このお嬢さんが平山あや似で綺麗だったからだ。

 早速会計を済ませたが、レジを打っているお嬢さんとさっきのお嬢さんは、服装こそ違うが同じ顔だということに気づく。

 ぼく:「もしかして君たちは双子?」
 お嬢さん:「そうよ、あなたは何人?」
 ぼく:「日本人だが、何か?」

 するとその片割れがほねっこをねだるミニチュアダックスフントの如く目が光らせ、

 「あなた日本人なの? だったら何か日本の文字書いて!」
 と、メモ帳とペンをぼくに手渡した。

 仕方がないので二人の名前を聞いて、それぞれの名前をカタカナで書いてやったのだが、彼女にとってはぼくが初めて接する外国人なのだろうか、テンションは異様に高かった。何だかファンにサインをする有名人になった気分だ。

 その後は近くのテーブルでモソモソ食べていたのだが、片割れがいきなりぼくの隣に座った。
 「すわ、何事か!」と思ったら彼女はまたメモ帳とペンをぼくに渡し、「ここに日本の文字を全部書いて!」と言い出した。
 全部となると、ひらがな・カタカナ・漢字含めて1万字以上は書かなくてはならないので、とりあえず平仮名と片仮名の50音表をアルファベットのフリガナ付きで書いてあげたら大層喜び、再び仕事に戻って行った。

 食後、軽く挨拶をしてその場を離れようとしたら、意外な答えが返ってきた。

 お嬢さん:「いつまでグアナファトにいるの?」
 ぼく:「特に決めてないけど、明日は1日中いる」
 お嬢さん:「良かったら明日も来てくれる?」


 前後の文脈を無視したらキャバ嬢の営業に通ずるものがあるが、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかったので、面を食らった。ともあれ、初対面の外人にここまで心を開いてくれるのだから、悪い気はしない。



 「ははーん、さては俺にホの字だな」


 そう確信したぼくは、明日もここに来てやることにした。

 正直なところ映画はもうどうでもよくなってきたが、せっかく来たのだから見ないとMOTTAINAI。行ってみたらシエスタは終わっていたので、上映している映画を吟味してみる。
 そして迷った結果、『Boogeyman 2』を見ることにした。尤も、『Boogeyman 1』の存在すら知らなかったのでミスチョイスのような気がしなくもないが、要は時間が潰せればいいのだから、気にしない。選んだ理由は単純に、かつてWWEにブギーマンという怪奇派レスラーがリングに上がっていたからである。

ブギーマンブギーマン(The Boogeyman)
独特のフェイスペイントと大量のミミズを口に含むパフォーマンスで話題を呼んだ“最後の”怪奇派レスラー。選手としてのクオリティは高く、WWEの期待も高かったが怪我が多かったために大成できないままフェードアウトしてしまった不運なレスラー。







 音声は英語で字幕はスペイン語という状況だったので半分は理解できなかったと思うが、それを差し引いても「何じゃ、こりゃ?」と思わずにはいられない内容だった。
 因みにぼくは映画に疎いのでてっきり最新の映画だと思っていたが、2007年に上映済みだったことを知ったのは、帰国してからのことだ。



 さて、今夜はワールドカップ北中米予選・メキシコ代表VSホンジュラス代表の試合が行われる。
 メキシコは前節のコスタリカ戦で勝利したことで自信と勢いを取り戻したのが明るい材料だ。しかも今日の試合はホームだし、ここで勝ち点3をゲットできれば南アフリカ大会行きがほぼ確実のものとなる。
 一方、今回のホンジュラスはなかなか侮れないチームで、この時点で久々の本大会行きが夢ではない順位にいる。せめて引き分けで次につなげたいところである。


 ご覧の通りメキシコが何とか勝ったが、やっぱりメキシコ代表の試合は内容が濃くて面白い! 
 そしてホンジュラスも負けはしたが、あれだけ責められても1失点に抑えられた守備力と運の良さは侮れないだろう。

 明日はどうなることやら。




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Author:800ランプ
ルチャリブレがきっかけでメキシコに興味を持つ。
20世紀末、突然そのことを思い出しメキシコへ。民間の語学学校で言葉を学びつつ、運の良さも手伝って浮世を忘れるほどの生活を満喫。
以降も帰国してはお金を貯めては渡墨し、また帰国してお金を貯めては渡墨ということを繰り返していたら、社会のレールから脱落したので日本に落ち着く。
しかし先日、わけあって現実逃避もかねてまた渡墨。今回の日記はそのときのもの。

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